高山 清司。 七代目は誰が継ぐのか

山口組ナンバー2高山清司が恐れられた“血も涙もない大粛清”とは!? 今後は“三つ巴の分裂”か!?

高山 清司

司忍六代目山口組組長の「片腕・頭脳」と言われる高山清司六代目山口組若頭が2010年の逮捕で懲役6年の判決を受けて、府中刑務所に収監されていたが、10月18日に同刑務所から満期出所した。 高山若頭を乗せたワゴン車は午前6時前に府中刑務所を出発。 出身団体・弘道会の本部がある名古屋方面に向かうとみられる。 弘道会系の組事務所が使用停止の仮処分を受けている為、関連組織の事務所で簡単な祝宴を開き、その後三重県にある自宅に帰る説が濃厚だ。 六代目山口組の分裂の根本は神戸山口組を作った山健組と名古屋の弘道会の対立が原因とされている。 今まで主流であった山健組系列が名古屋に本拠を置く弘道会が当代となったために、非主流派に追い詰められたのが遠因とされる。 この対立により、司忍六代目や高山清司若頭に背く姿勢を取っていた組長らは処分された。 それでも組織を割らなかったのは高山清司若頭の怖さが背景にあったからだ。 しかし、その流れも高山清司若頭が2010年に恐喝罪で長期服役が予想され、下獄した途端に流れが変わった。 井上邦夫山健組組長を筆頭に複数の組長が六代目山口組を脱退し、神戸山口組を結成した。 彼らがいかに高山清司若頭を恐れていたのか分かるであろう。 高山がいる中で六代目山口組を脱退することなどできなかったのだ。 過去も山口組の分裂はあった。 割れた中で何度も抗争事件が起き、人が何人も亡くなった。

次の

“武闘派ヤクザ”高山若頭の支配力――山口組が大きく揺れ始めた「2007年のある殺人事件」とは?

高山 清司

blogspot. com 指定暴力団として知名度の高い山口組だけに、ヤクザの抗争で怪我をしたのではないかと囁かれていますが、果たして真相はどうなっているのでしょうか。 今のところ高山清司若頭が右目をつむっていることに関して、確定的な情報を見つけるには至っていません。 いったい高山清司若頭の右目はどうしたのでしょうか。 実は・・・ 「 刀傷によるものではないか」 という話が多く出回っています。 高山清司若頭 山口組のナンバー2 が右目を瞑っているは刀傷? というのもWikipediaにこんな記述がありました。 刀傷によるものと伝えられる閉じた片目を外観上の際立った特徴としている 引用:Wikipedia となっているんですね。 高山若頭のヤクザという身分を考えれば、抗争によって負傷してしまっていてもなんら不思議ではありません。 しかしながら、さらにそのWikipediaの引用元を辿ってみると・・ 参考にれていたのは、文献は2011年の台湾の英文誌「 タイペイ・タイムズ Taipei Times 」の記事となっていました。 なぜに日本の出来事なのに台湾のメディアを参考にしたのか。 汗 参考にされていた一文はこちら。 taipeitimes. com とさらっと言っていることからも、もしかしたら台湾の記者の方が刀傷と先入観で書いてしまった可能性もあるのではないかとも思えますよね。 また実際に見てみると、 刀傷のような傷跡は右目付近には見あたらないんですよね。 com 風貌からして組長感が異常なほど出ていますね・・・ イタズラとかするんだ・・・ と、話を戻して、どうしてそうなってしまったのか。 どうやら接着剤部分を剥がそうとしたところ、左目は無事に剥がすことができた。 しかし、 右目の接着剤がなかなか剥がれずにいたため、無理やり剥がしてしまったところ、まぶたの筋肉・神経が断裂してしまったということ。 それ以来まぶたの開閉ができなくなってしまったわけですね。 そして実は、このイタズラ説では「 右目は見えている」という話まで出てきているわけなんです。 つまり「視力」はあるので、まぶたを手動で持ち上げたり、開いたりすればちゃんとモノが見えるという感じでしょうね。 ただこの説もあくまで一つの説であり、裏どりはとれているわけではありません。 なかなかお茶目ではすませないエピソードではありますが、まさかの接着剤によるイタズラが原因だったというわけですね。 中高生やユーチューバーのやりそうなレベルのイタズラなのも気になるところですが、これが本当ならやばすぎますね。 blogspot. com.

次の

任侠山口組・織田代表が激白「私は高山清司若頭と会う用意がある」(溝口 敦)

高山 清司

高山清司氏の出身地だという愛知県津島市の映像() 前回のコラム()の評判がよかったようなので、また六代目山口組の高山清司若頭の話題を書きたいと思います。 高山若頭は、山口組のすべて組員にとって、本当に特別な存在だったんだそうです。 その一例を上げれば、建築業の男性を恐喝した容疑で高山若頭が逮捕された時(2010年11月)、本家から 「高山若頭の事件については、一切話題にするな。 末端の人間にまで徹底させるように」という通達が出されたらしいんです。 そんな通達は、これまでに一度として出されたことがなかったそうです。 そう、 司忍組長が逮捕された時も。 それから、こんな話も聞きました。 弘道会が二代目体制から、竹内照明三代目体制へと変わった時の話です。 高山若頭は、自ら率いた弘道会を竹内三代目に譲り、ヤクザ業界を引退することなく、自らは組員のいない組織、"三代目弘田"の代表を名乗るようになったのですが、このことが本家山口組だけでなく、弘道会の内部でも大きな波紋を呼んだというのです。 山口組は、ひとつの直系組織に一人の直参組長というのが暗黙の了解だったところに、司組長に続いて(司組長は五代目山口組若頭時代に"二代目弘田"を名乗っていました)高山若頭まで同じやり方だったので、「もうなんでもありになってきてるやないか」と嘆く関係者が少なくなかった、と聞きました。 さらに弘道会三代目を継承した竹内会長がまだ若かったこともあり、ある弘道会の大幹部が「孫みたいなヤツについていけるかい」と口にしたのが高山若頭の耳に入ってしまったらしく、「嫌やったら辞めい!」と引退させられてしまったのだとか。 真偽は不明ですが、噂の大幹部がその頃、引退しているのは事実なので、もしかしたら話に尾ひれがついてしまったのかもしれませんね。 要するに、話を聞いた人間が思わず、真実かもと思ってしまうくらい、当時の高山若頭には迫力があったという証拠なのだと思います。 文=工藤明男 【工藤 明男 くどう あきお プロフィール】 東京都生まれ。 杉並区出身の関東連合元リーダー。 IT・芸能の分野で活躍。 経済界のみならず政界にも幅広い人脈をもっており、現在は複数の企業の筆頭株主として、主に投資と企業コンサルタントの仕事を行なっている。 警察当局から関東連合の資金源と目されてきた。 表舞台に顔を出したことはない。

次の