マチネ の 終わり に ネタバレ。 小説『マチネの終わりに』結末、モデル…ネタバレ紹介!最後まで切ない恋物語

映画マチネの終わりにラストその後!原作とは異なると想像した考察理由について

マチネ の 終わり に ネタバレ

2019年11月1日(金)公開の映画「マチネの終わりに」 世界的クラシックギタリスト蒔野聡史とフランスRFP通信社に所属しているジャーナリスト・小峰洋子。 東京・パリ・ニューヨークを舞台に40代という繊細な年齢を迎えた2人の運命的な出会いと葛藤を通し究極の愛を描いた物語。 芥川賞作家・平野啓一郎さんのベストセラーを、17年公開映画「昼顔」の西谷弘監督・井上由美子さん脚本のコンビが映画化した作品です。 私は、原作を読破し映画を観て「 映画と原作ではその後が異なるのではないか?」という感想を持ちました。 この想像をした考察理由を述べたいと思います。 ご注意ください! 『マチネの終わりに』 40歳を超えた成熟した美男美女が、一目で恋に落ち、パリの街で愛を告白する。 すごく良い! 青春を謳歌し、生き急ぐ若い男女の恋模様もいいけれど、あぁ、こういうビターな大人のラブストーリーって久しぶりだなと懐かしい気持ちになれた。 秋風が吹く今の季節にぴったり! — suzu nezimaki49081 目次• マチネの終わりにのラストについて 「マチネの終わり」頃とは昼間を過ぎ黄昏前のまだ明るい時刻。 仕事に芸術に燃焼し、40代で立ち止まったふたりを象徴しているのだろうか。 不器用なふたりがラストシーンまでもどかしく、燃え尽きない恋のその後を見てみたい。 — Kate snow200 ラストの後の2人はどうなったんだろう? 2人のその後を見てみたい。 そう強く思わせるエンディングでした。 マチネの終わりにのラストシーン マチネの終わりにのラストシーンはいずれもニューヨーク。 コンサート終えた蒔野は、コンサート中に観客へ告げた予告通りセントラルパークへ。 「-あとで(セントラルパークの) あの池の辺りでも散歩しようと思ってます-」 そこで洋子と再会を果たします。 互いに見つめ合い微笑んだ場面が物語の終わり。 運命の歯車が狂ったあの夜から、数年越しの再会でした。 原作者平野啓一郎さんの想定するラストから先の見解 原作者の平野啓一郎さんはラストから先について、インタビューで語っています。 (ラストから先がどうなるかについて) そこは読者がそれぞれ考えたり、話し合う時間かなと(笑)。 この物語がどう続いてほしいと思うかに、 その人の恋愛観や家族観が出てくるような気がします。 ラストのその後については、読者に委ねるという形でした。 「マチネの終わりに」 すごく大人のラブストーリー。 かなり切ない。 10代や20代には到底演じきれない、奥行きのある仕上がり。 バックに流れているギターの音色がとでも心地よく物語に幅を持たせてる。 ラスト、観てる人にその先を委ねたところが憎い演出。 小説とまったく違った印象。 どちらがイイとは言えない。 どちらも最高! 桜井ユキさんの演技が凄い! ラストの「幸福の硬貨」、ハーモニクスが印象的。 — かるご carugos 映画化に際し時間の関係などもあり、原作とは異なった設定になることはよくあること。 小説には小説の、映画には映画のそれぞれ魅力があり「マチネの終わりに」はそのどちらも見事でした。 このラストその後についても、私は始めに述べた通り、 小説と映画で物語のその後が異なると想像しました。 2種類の想像の考察理由について書いていきます。 マチネの終わりに映画のラストその後の想像 蒔野は 早苗と別れ 、 洋子と結ばれると想像します。 マチネの終わりに原作のラストその後の想像 蒔野と洋子はソウルメイトである 最愛の友人として、 交流を続けると想像します。 原作と映画のラストその後が異なる想像をした考察理由 設定として小説『マチネの終わりに』と映画『マチネの終わりに』は違う話にはなるのだけど、そのどちらにも蒔野聡史と小峰洋子は存在する。 どちらの世界で出逢っても、ふたりは惹かれ、踠き、愛し、生きる。 蒔野さんと洋子さんの物語が新たな形で見られることが嬉しい。 特に感じたのは キーパーソン「三谷早苗」の性格の違いです。 そして 時代設定。 昨日初日『マチネの終わりに』観賞。 原作から勝手に膨らませてしまっていたからかな…鍵となる人物のイメージが少し違ったのと、二人の心理描写をもう少し何か…と思いましたが、ラストカットでうるっときて満足。 ゆり子さん素敵でした。 サントラお薦めです…かけるとお部屋の空気が一変します。 私も、 原作で抱いた嫌悪感より随分イメージ良く(?)感じました。 早苗は、蒔野への愛情と洋子への嫉妬で2人の仲を引き裂いた張本人。 これは原作・映画とも変わらぬ設定。 早苗が犯した罪の瞬間、私も例に漏れず心の中で大激怒しました。 それは卑怯過ぎると…。 さらに、話し続けることに気の進んでいない洋子を「話がある」と呼び出し「コンサートに来ないで欲しい」と切り出す。 その話ぶりから早苗の罪に洋子自身が気づき、早苗が真相を告白する流れに…。 一方、映画では 一方、映画での早苗は蒔野の復帰コンサートの会場を洋子が住んでいるニューヨークに敢えてセッティングし、その際に洋子を訪ねて自ら罪を告白しています。 「洋子さんにニューヨークのコンサートへ来てほしい」とも。 「罪の告白」のシーンでの早苗の描かれ方の違いは一例ですが、 これだけをとっても原作と映画の早苗の違いが感じられます。 また、ニューヨークにいる早苗よりメールで起こした 罪を告白された蒔野は、 暗がりの中の自宅台所で行き場のない怒りに一人震える姿が描かれていました。 早苗の罪に対する蒔野の激情…。 これが描かれているのは蒔野の中で消すことの出来ない赦せない思いを表していると考察します。 そして、映画での早苗は蒔野がニューヨークへ旅立つ際、 覚悟を決めた様子で「私は優希(娘)と一緒に実家へ帰っているから。 あなたの好きなようにしてくれていい」と伝えます。 それは、自分の元に帰ってきてくれる計算や余裕の発言ではなく、 真に決断を蒔野へ委ねる格好でした。 それは、少し 蒔野を洋子の元へ還す後押しとも感じました。 蒔野にとっても、それをさせてしまう洋子にとっても苦渋の決断もあるけれど、それにも増してお互いを求めあった正直な思いは偽れないと。 原作よりも、 映画のラストは「蒔野と洋子に」希望が残されていた様に感じました。 映画『マチネの終わりに』 いろいろ設定の変更があったのは仕方がないけれど、原作の枝葉に至るまで繊細に描かれていた部分がざっくりいかれてるのはやはり残念。 それでも主演お2人の演技が本当に素晴らしく、感情に強く訴えかけてくる。 ラストに原作よりも希望が残されていて救われた感。 泣いた。 — もりぱん。 moripan24 また、原作では2006年から2012年までを描き、映画では2012年から2019年秋を時代設定としています。 この 時代設定による「 蒔野と早苗の結びつき」の違いも ラストに大きく寄与すると考えます。 原作において、蒔野自身も早苗と結婚したのは 洋子を失った代わりではなく 早苗を愛していた自覚があったことに加え 「2011年3月11日の東日本大震災」を経て 家族に対する思いを一層強くしていました。 脳梗塞で倒れた師匠からの「早苗さんを大切に」という言葉も響いていたでしょう。 ニューヨークでのコンサートが決まり洋子に連絡を取ろうか迷った時、蒔野はそれに 早苗と優希との生活の中で罪悪感を抱き、とりわけ 優希の生を絶対的に肯定したがっていました。 また洋子もこの頃には自分の仕事に生き甲斐を感じ、再び巡ってきた蒔野に会う機会は 「 気持ちの一区切りになるだろう」と捉えていました。 ニューヨークでやっと聴けた蒔野の演奏は、かつて自分がイラクで毎日聴いていた音楽より もっと明るく、もっと穏やかな、あたたかい光が注がれている変化を感じ「 彼に会ってはいけない、手遅れなのだ」と悟っていました。 けれど、2人は再び会うことは叶います。 この流れから、 原作では蒔野と洋子は互いに再会を喜び語り合うも、その後も最愛の友人として一生涯の付き合いをしていくのではないか?と考えました。 互いへの愛しい思いを抱きつつ、今のある互いの幸せを壊さぬように尊重し合う。 けれどもう二度と途切れてしまわないようにお互いを大事に思いにプラトニックに育んでいくのではないでしょうか。 2回目鑑賞 もうどうしても後半が辛い 天国から一気に地獄へ突き落とされる感じ それであのラストでは物足りないのよ あの後2人はどうなるか 絶対に結ばれてほしいと思う でなきゃ洋子が不憫すぎる 是非マチネの終わりに第二楽章、お願いします — 南風 6rb1K6HYAUaGPzf 映画でのラストその後は「蒔野と洋子は結ばれる」だろう、というのは「こうあって欲しい」という私の願望が入っているとも思いますが・・・私はこの様に考察しました!.

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映画「マチネの終わりに 」ネタバレあらすじと結末・みんなの感想

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マチネの終わりにの主要登場人物 蒔野 聡史(まきの さとし) 天才クラシックギタリスト。 洋子との一度の出会いで恋に落ちる。 小峰 洋子(こみね ようこ) 国際ジャーナリスト。 バグダッドでテロに遭遇したことでPTSDを抱える。 リチャード 洋子の婚約者。 洋子を愛するあまり、強引な部分がある。 三谷 早苗(みたに さなえ) 蒔野のマネージジャー。 蒔野に思いを寄せる。 マチネの終わりに の見どころ! ・国境を超えた蒔野と洋子の愛 ・二人の行く手を阻む数々の障害 ・音楽に彩られた感動のラスト マチネの終わりに の簡単なあらすじ 天才クラシックギタリストとして名を馳せる蒔野は、とあるコンサートでの打ち上げにて、国際ジャーナリストの洋子と出会います。 蒔野が敬愛する映画監督の娘でもある洋子は博識で、二人はすぐに打ち解けます。 友人として親しくなった二人は、次第に惹かれ合いますが、数々の障害が待ち受けます。 蒔野はギターのスランプに、洋子はバグダッドでの仕事がきっかけのPTSDの発作に。 それぞれに苦しむ二人を、さらなる残酷な運命が襲います。 演奏後は、数々の関係者があいさつに来てくれます。 そのうちの一人がフランスからやってきた、国際ジャーナリストの洋子でした。 洋子は、蒔野が敬愛する映画監督の娘であるということを知り、蒔野は洋子をその後の打ち上げに誘います。 打ち上げで、洋子と蒔野は親密な時間を過ごしますが、蒔野は洋子に惹かれていることを感じます。 友達として、二人はメールのやりとりを始めます。 洋子も次第に蒔野に惹かれていく自分を感じますが、洋子にはリチャードという結婚を誓った相手がいました。 リチャードは洋子に結婚の準備を迫っていましたが、洋子は蒔野のことが気になってしまうため、曖昧な態度をとっており、そんな自分にも嫌気がさしていました。 そんな時、洋子は仕事で駐在したバグダッドでテロに巻き込まれかけます。 一歩間違えれば死んでいたという場面に遭遇した洋子は、自分の存在意義や、仕事の意味を見失いかけます。 それはやがて、PTSDという症状として現れました。 テロがきっかけで、蒔野へのメールの返事も滞っていましたが、時間が経つにつれて、蒔野に会いたいという思いが強まるのを感じます。 洋子はメールが滞ったことを詫びるメッセージを送ると、蒔野から、フランスに演奏に行くから会おうという返事が来ます。 洋子はすぐに承諾しました。 行く手を阻むもの 蒔野と洋子は、名目上は友人としてフランスで再会しましたが、蒔野は洋子への気持ちを抑えられませんでした。 共通の知人から、洋子にフィアンセがいることは知っていましたが、それを承知で洋子に思いを告げます。 洋子はその告白を嬉しく感じますが、蒔野と結婚することになると、リチャードとの別れや、これからの二人の住む場所など、たくさんの問題が立ちはだかることに気付きます。 蒔野が本気なのかを確かめるために、洋子は一旦は断ります。 それに、洋子にはリチャードの子どもを妊娠している可能性がありました。 また、バグダッドで負ったPTSDの症状を蒔野に対しては隠さなくてはならなかったので、洋子にとってのこの逢瀬は、少し負担に感じられました。 しかし、蒔野が日本に帰ってからも、洋子は蒔野のことを考えました。 明らかに、今の洋子はリチャードよりも蒔野に惹かれているのです。 それに、生理が来たことによって、洋子がリチャードの子どもを妊娠していないことも明らかになりました。 洋子はリチャードとの関係を清算して、日本に行こうと決心しました。 リチャードはマリッジブルーだと言って必死に洋子を止めましたが、洋子の気持ちは変わりません。 仕事があるために短期の滞在ではありますが、蒔野は喜びを隠しきれません。 しかし、蒔野はギターのスランプに陥っていました。 それを見ていたのが、マネージャーの三谷です。 三谷は蒔野のギターに惚れていましたが、それ以上に、蒔野そのものが好きでした。 しかし、マネージャーとして私情は挟まずに懸命に蒔野をサポートしていました。 しかし、洋子に出会ってからの蒔野は良くない方向に行っていることを感じ、洋子に対して嫉妬心と嫌悪感を持っていました。 ついに、洋子が日本にやってくる日が来ました。 待ち構える蒔野ですが、そこにギターの恩師である祖父江が危篤だというメッセージが入ります。 蒔野は急いでタクシーに乗り込みました。 後で洋子に連絡しようと急いでタクシーを出ますが、そこに携帯電話を忘れてしまいます。 蒔野は三谷に携帯電話を取りに行って洋子に説明のメッセージを送ってほしいと頼みます。 三谷は蒔野の携帯をタクシー会社から受け取り、その携帯で洋子に別れを告げるメッセージを送り、携帯を水につけて水没させました。 日本に到着してそのメールを見た洋子はあまりのことに言葉を失います。 絶望の中、洋子は自分のPTSDの症状がひどくなっていくことを感じます。 これ以上蒔野からのメッセージを受け取っては自分がおかしくなると思った洋子は、その後一切蒔野からのメッセージには目を通しませんでした。 結末 蒔野は始め、洋子が自分より祖父江を優先したから怒っているのではないかと思いますが、優しい洋子がそんなことをするはずはありません。 しかし、いつまで経っても洋子からの連絡はありませんでした。 次第に蒔野は洋子のことを諦めようと努めます。 その心に入り込んだのが、三谷でした。 蒔野は、いつも自分のことを支えてくれた三谷こそが愛するべき女性なのかと思い、三谷と結婚することにします。 三谷はそれを嬉しく思い、受け入れますが、いつも心には蒔野と洋子を裏切ってしまったという罪悪感がありました。 三谷が蒔野の子どもを身ごもった時、余計にその思いは強くなります。 洋子も、蒔野のことを諦めようと努めていました。 フランスに帰り、リチャードに詫びて二人は結婚し、ニューヨークで生活を始めました。 ケンという男の子も授かりましたが、リチャードの浮気が発覚して離婚をします。 実家の母に会うために日本に帰った洋子は、近くで蒔野のコンサートが行われていることを知りました。 久しぶりに蒔野の音楽が聴きたくなった洋子は当日券を買いにいきますが、そこには大きなおなかをした三谷がいました。 三谷は洋子を喫茶店に呼び出し、蒔野と結婚したこと、今日のコンサートには来ないでほしいと告げます。 洋子は、三谷のせりふが蒔野からの別れのメールの内容と酷似していたことからかまをかけると、三谷は驚き、泣きながら蒔野と洋子の仲を裂いたことを詫びます。 洋子は怒ることができず、そのままチケットを三谷に返し、ニューヨークに戻りました。 それ以降、洋子は蒔野のいちファンとして、CDを聞くだけになりました。 しかしある日、CDのサンクス欄に洋子のことかと思われる描写を発見し、どうしても蒔野に会いたくなります。 そのころ、蒔野も三谷から謝罪を受けていました。 蒔野は洋子から音沙汰がなくなった原因に納得しましたが、自分がそこまで三谷を追い詰めていたことを知り、怒ることはできませんでした。 しかし、その数か月後、ニューヨークでのコンサートに洋子の姿を発見します。 蒔野はMC中に会場近くの公園について話します。 コンサート終了後、蒔野がその公園に向かうと、そこにいたのは洋子の姿でした。 ふたりは再会を喜びます。 マチネの終わりに を読んだ読書感想 もどかしいほどに阻まれる蒔野と洋子の関係が読んでいてつらかったです。 マネージャーの三谷が悪役ともとれる配役ですが、なぜか憎めないキャラクターで絶妙だと思いました。

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『マチネの終わりに』の糸引くキスシーンが話題!結末のネタバレや口コミ・感想!

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CONTENTS• 小説『マチネの終わりに』のあらすじとネタバレ C 2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク クラシック・ギタリストの蒔野聡史は38歳にして、デビュー20周年記念のコンサーツアーの最終日を迎えていました。 その演奏は素晴らしいものでした。 しかしその後、蒔野の音楽活動は、長い沈黙に入ることになります。 蒔野はステージの後、ひどく疲れ果てるようになっていました。 順調に音楽家の道を歩んできた天才ギタリストにいったい何が起こったのでしょうか。 国際ジャーナリストの小峰洋子との出会いは、レコード会社の担当者である是永慶子の紹介でした。 コンサート終了後、楽屋で洋子にあった蒔野は、美しい容姿と会話の中にみえる知的さに惹かれます。 それに加え洋子は、蒔野が大好きな映画『幸福の硬貨』の監督イェルコ・ソリッチの娘なのでした。 「僕がギターを本当に好きになったきっかけの映画なんです。 本当に尊敬してるんです」。 熱くなる蒔野。 「実は、蒔野さんの演奏を生で聴くのは2回目なんです。 父の映画のテーマ曲を、高校生の日本人がこんなに立派に演奏できるのかと嫉妬したんですよ」。 洋子の両親は幼い頃に離婚し、父と一緒に暮らした記憶はないが、今でも交流があるということでした。 高校生の頃の自分の演奏を聴いてくれていた、尊敬するソリッチの娘・洋子の存在に、蒔野は心を躍らせます。 「ぜひ、この後の打ち上げに参加してください」。 洋子との会話はとても楽しく、以前から知り合いだったかのように自然でいて、どこか深い部分で繋がり合っているような不思議な感覚でした。 洋子もまた、自分では上手く言葉で伝えられない感情を、蒔野が汲んでくれるのを嬉しく思っていました。 話が通じ合うということの純粋な喜びが、胸の奥底に恍惚感となって広がっていきます。 その夜、2人は連絡を取り合う約束をし、別れます。 別れ際、名残惜しく交わした眼差しがいつまでもお互いの心に残りました。 蒔野は新作の準備に取り掛かっていました。 「誰でも知ってる懐かしい名曲を、誰も知らないクラシック・ギターの響きで」というレコード会社の謳い文句で、スティービーワンダーなどの名曲が用意されていました。 蒔野も初めは同意しレコーディングを進めたものの、途中でどうしても気が進まず製作を中止してしまいます。 レコード会社との信頼関係も崩れつつありました。 自分は今、一体何と戦っているのだろう。 新たな美を求め純粋に音楽を追求していた頃とはもう違う。 うんざりだ。 負の気持ちを自覚した途端、不安になる蒔野。 これがスランプというものの始まりではないのか。 そんな時、洋子が勤めるバグダット支局のビルが、自爆テロの被害にあったと報じられます。 蒔野は心配しメールを送り続けますが、洋子からの返事はありませんでした。 それまでに何度か交わされたメールのやり取りで、蒔野は洋子に憧れと親しみを一層強くしていました。 彼女への思いの深さに自分でも驚くほどに。 洋子はその日、バグダット支局が入っているホテルのエレベーターに乗っていました。 突然、大きな衝撃とともにエレベーターは停止します。 警報の音と悲鳴が外から聞こえてきます。 テロだということはすぐにわかりました。 洋子は間一髪、助かります。 しかしその体験は、洋子の心に深い傷を残しました。 PTSD(心的外傷後ストレス障害)です。 ジャーナリストとしての使命感は、個人的な破滅願望に過ぎなかったのではないか。 洋子もまた人生のスランプに陥ろうとしていました。 そんな彼女の心の支えになったのは、蒔野の音楽でした。 蒔野に会いたい。 洋子はあえてメールの返信をしませんでした。 今、蒔野に頼ってしまったら後戻り出来ないということを察していたのです。 パリでは、婚約者のリチャードが、自分の帰りを待っています。 しばらくして、蒔野の元に洋子から長い長いメールが届きます。 テロを体験し苦しんだこと、蒔野の音楽に救われたことなど、感情の揺れが務めて理性的に綴られていました。 やっぱりあなたに読んでもらいたかった。 送るつもりはなかったメール。 洋子もまた蒔野への思いを断ち切ることは出来ませんでした。 2人は蒔野のヨーロッパでの演奏会(マチネ)に合わせ、パリでの再会を約束します。 最終日のマチネには洋子を招待し、彼女のために『幸福の硬貨』のテーマ曲を演奏するつもりでした。 蒔野は自分でも自覚するほど、すでに洋子のことを愛していました。 しかし、スランプの自分は洋子にふさわしい人間なのだろうか、婚約を解消してまで彼女は自分を選んでくれるのだろうか。 それでも蒔野は洋子との未来を願わずにはいられません。 洋子もまた蒔野への愛に戸惑っていました。 若い頃ならまだしも40歳を過ぎた今、なにもかも捨てて彼のもとへ行くことは簡単ではないのです。 婚約者のリチャードとは、学生の頃からの付き合いでした。 真面目でまっすぐ自分を愛してくれるリチャード。 このまま、リチャードと結婚して子供を産み家族を作るはずでした。 止めようと思っても湧き上がる想い。 それぞれの葛藤を抱え、蒔野と洋子はパリで再開します。 2人きりで会うのは初めてです。 「お久しぶりです」。 これまでメールでは幾度となく、お互い他の人には打ち明けたことがない心情を交わし合ってきた2人でしたが、どこかぎこちない空気が流れます。 核心を付いたのは、蒔野の言葉でした。 イラクで心に傷を負った洋子の心情に触れ、「地球のどこかで、洋子さんが死んだって聞いたら、俺も死ぬよ」。 と蒔野は切り出します。 「やめて」。 「洋子さんの存在が、俺の人生に深く埋め込まれたままで・・・」。 「わたし、結婚するのよ、もうじき」。 「だから、止めに来たんだよ」。 蒔野はまっすぐ洋子を見つめます。 洋子も、その言葉を待っていたはずでした。 しかし、このタイミングでその言葉を聞くことは洋子にとって不幸なことでした。 彼女はリチャードとの子供を妊娠しているかもしれなかったのです。 もし、妊娠していたのなら蒔野への愛を断念し、リチャードと結婚する。 しかし思い過ごしであったなら、今はもう自分の感情に忠実でありたいと思っていました。 「パリでの最後のマチネの時まで答えを待って欲しい」。 洋子は、時間稼ぎをする自分を責めていました。 「わたしがわるいの。 ごめんなさい」。 その言葉を否定的に捉えた蒔野は、不安を抱えたままステージをこなして行きます。 洋子を招待したパリでのマチネの日です。 その日の演奏は、虫眼鏡で見てもキズひとつ見つからないほど見事な演奏でした。 最後の曲を迎えるまでは。 蒔野は洋子の姿が会場にないことに気付いていました。 そのことは自身の演奏に影響を与えるはずはないと思いながらも、だんだんと音楽が遠のいで行きます。 不意にやってくる戦慄が背中を駆け抜け、蒔野の手は止まってしまいます。 自分でも何が起こったのか理解が追い付かないまま舞台を降りました。 楽屋に戻ると携帯には洋子から何度となく着信が入っていました。 「本当にごめんなさい。 行けなかった理由を直接伝えたいから、今晩、自宅に来て欲しい」。 蒔野は、最悪の場合、婚約者を紹介されることになり兼ねないと覚悟をきめ、洋子の家を訪ねます。 洋子の家を訪れた蒔野を待っていたのは、婚約者のリチャードではなく、ジャリーラという洋子がバグダット支社で一緒に働いていた女性でした。 ジャリーラは、イラクで身の危険を感じ亡命を試みるも、フランスの空港で捕まってしまいます。 頼れるのはパリにいる洋子だけ。 イラクの情勢を身をもって知っている洋子はジャリーラを放っておくことは出来ませんでした。 洋子が蒔野のステージに行けなかったのはジャリーラを保護しに行っていたからでした。 その夜は2人にとって特別な時間となりました。 共に食事をし、蒔野はジャリーラを励ましたい思いでギターを演奏します。 日本でのレコーディングを中止した、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」をはじめ耳馴染みのある曲を披露していく蒔野。 ジャリーラは置かれた辛い境遇をひと時でも忘れ、笑顔を浮かべて喜んでくれました。 音楽とは本来こういうものではないのだろうか。 蒔野の指は軽快に動きます。 最後に洋子の父ソリッチの映画「幸福の硬貨」のテーマ曲を演奏する蒔野。 洋子が映画のセリフを読み上げます。 「天使よ。 この世界では愛という曲芸に成功することのなかった2人が・・・彼らはもう失敗しないでしょう。 再び静けさを取り戻した敷物の上に立って、今や真実の微笑みを浮かべる・・・」。 その幸福な時間に誰もが酔いしれ、ジャリーラは涙を流し感動します。 蒔野もまた洋子との深いつながりを感じていました。 ジャリーラが先に寝るのを待って2人はお互いの心を確認し合います。 洋子はリチャードとの子供を授かってはいませんでした。 リチャードに別れを告げ、自分の気持ちに正直に生きようと決心していました。 蒔野もまた想像していた結末とは真逆の展開に、婚約解消までさせてしまった洋子に申し訳ないと感じながらも、幸福感でいっぱいです。 2人は、ジャリーラに遠慮をしながら、愛を囁き合い朝を向かえます。 次に日本で会うことを約束し離れる2人。 しかし、4度目の再開はありませんでした。 日本に帰国した洋子は、蒔野に連絡を入れますが返事がありません。 その日、洋子を迎えに行こうとしていた蒔野の元に恩師の娘・奏から連絡が入ります。 「父が倒れて危ない状態です」。 蒔野は病院に駆け付けます。 その際、携帯電話をタクシーの中に置き忘れてしまいます。 マネージャーの三谷早苗に頼み、携帯電話を回収してもらう蒔野。 早苗はマネージャーとして蒔野を支えながら、彼を愛していました。 早苗は、蒔野がスランプに陥ったのも洋子のせいだと思っていました。 蒔野の携帯電話に洋子からのメッセージを確認した早苗は、蒔野になりすまし返信を打ちます。 「僕はあなたに会うことは出来ません。 あなたとの関係が始まってから僕は自分の音楽を見失ってしまった・・・」。 そして携帯電話を水没させてしまいます。 冷静に対処すれば解けた誤解でした。 しかし、洋子のPTSDは悪化していました。 ホテルに泊まることにした洋子はエレベーターの中での衝撃にさえ怯えていました。 疲れ果て、母のいる長崎へひとり向かいます。 その後、蒔野は新しい携帯電話から急いで連絡をするも、すれ違いが続きます。 2人はとうとう会うことはありませんでした。 終わりを確信する2人。 それから、3年後。 蒔野はマネージャーだった早苗と結婚。 洋子を忘れることはなかった蒔野でしたが、早苗の妊娠を機に音楽活動にもより一層力を入れていました。 洋子はリチャードと寄りを戻し、息子・ケンを授かりました。 しかし、リチャードの浮気が元で、離婚。 ジャーナリストとして、また新たな道に挑戦する覚悟を決めていました。 洋子はケンと共に日本を訪れていました。 友達として蒔野のコンサートを鑑賞したい。 思い切って、会場に向かいます。 しかし、そこで待っていたのは早苗でした。 大きなお腹を抱え、「帰って下さい」。 と訴える早苗。 その時、洋子は3年前のメールは早苗が送ったものだと打ち明けられます。 罪の重さを感じていると告白する早苗。 それでもなお、彼の人生に関わらないでほしいと願い出ます。 洋子は増悪ではなく空虚を感じていました。 「あなたはそれで、今、幸せなの?」。 「幸せです」。 と答える早苗。 「あなたの幸せを大事にしなさい」。 洋子はひとりになり泣き崩れます。 この誤解を解きたい。 しかし、早苗のお腹の子に罪はない。 何も知らず父親として幸せになって欲しい。 それが彼に対する愛の最後の義務だと信じることにしました。 早苗は出産間近になり抱える罪の重さに耐えられず、蒔野にすべてを打ち明けます。 真実を知った蒔野は、ようやく腑に落ちた心持ちでした。 あの時の洋子の心変わりの理由、早苗の献身、罪悪感を持ちながら自分をこれまで支えてきてくれた早苗に同情します。 ただ、自分も苦しい時期に、誰も責めず身を引いた洋子のことを思うと後悔せずにはいられませんでした。 早苗は女の子を出産。 優希(ゆき)と名付けました。 確かに幸せはここにある。 蒔野は家族を守ろうと決心します。 洋子もまた息子ケンを愛し、仕事も充実し、心穏やかな日々を取りもどしていました。 蒔野は一度レコーディングのため滞在したロンドンで洋子を見かけていました。 ジャーナリストとして活躍する彼女の姿に想いが溢れます。 もういちど、彼女とこころゆくまで話がしたい。 それは愛情とはまた別の、心から分かり合える唯一の存在を求める本能だったのかもしれません。 蒔野の新しいアルバムは素晴らしい出来となりました。 長い沈黙から復活した天才ギタリスト。 蒔野のツアーは即座にチケットが完売するほどの人気となりました。 ニューヨークでの公演を控え、蒔野は洋子のことを思い出していました。 以前、洋子が住んでいた町。 町を歩くと彼女の姿を探してしまいます。 お互い、今を幸せに生きている。 自分の気持ちを抑え、ステージに上がる蒔野。 一方、洋子は蒔野のニューヨーク公演に向かっていました。 新しいアルバムを聞いた洋子は、音楽家としての蒔野にまた魅了されていました。 「いい音楽をありがとう。 おめでとう」。 彼に会えなくても、これが蒔野に対しての一つの区切りになるだろうと洋子は思っていました。 蒔野の演奏はかつての完璧な演奏とも違って、今はむしろ、音楽そのものに少し自由に踊らせて、それを見守りつつ、一気に高みに導くような手並みの鮮やかさがありました。 熱のこもった拍手が送られます。 洋子もまた素晴らしいという言葉しか思いつきませんでした。 ステージからは自分が見えていないはず。 洋子は、アンコールを聞こうか帰ろうか迷います。 それでも吸い寄せられるかのように席につく洋子。 ステージに再び登場した蒔野はマイクを手に話します。 「お天気がいいので、あとでセントラル・パークの池のあたりを散歩しようかと思います。 それでは、マチネの終わりに特別な曲を演奏します。 あなたのために」。 洋子は確かに蒔野の視線を感じ、息をのみます。 演奏された曲は「幸福の硬貨」。 洋子の感情は抑える術もなく、涙と共に溢れ出します。 終演後、蒔野は穏やかな日差しの中、セントラル・パークを歩きます。 頭の中では3度目に会った時、洋子が朗読した「幸福の硬貨」のセリフが蘇っていました。 「天使よ。 この世界では愛という曲芸に成功することのなかった2人が・・・彼らはもう失敗しないでしょう。 再び静けさを取り戻した敷物の上に立って、今や真実の微笑みを浮かべる・・・」。 池のほとりのベンチに洋子は座っていました。 洋子の瞳の中で蒔野の姿が大きくなっていきます。 赤らんだ目で洋子が微笑みます。 2人が出会い交わしたあの夜の笑顔から、五年半の歳月が流れていました。 映画『マチネの終わりに』ここに注目! 映画『 マチネの終わりに』の見どころは、何と言っても、天才クラシックギタリストの蒔野聡史と、国際ジャーナリストの小峰洋子の 洗練された大人の恋の行方です。 パリ、イラク、ニューヨーク、日本と世界を舞台に繰り広げられる、ハイレベルなラブストーリーは、一見別世界の出来事のようです。 「こんなことないよー」。 という女性の憧れめいた声が聞こえてきそうですが、 ここはあえて2人の詩的で抒情的な恋の世界にどっぷり浸かってみましょう。 そこには 恋愛を超えた絆が見えてきます。 自分を本当に理解してくれる人の存在 は、いかに貴重で心の支えになるのか。 それは、男女の関係だけではなく親子や友情にも置き換えることが出来ます。 また、蒔野と洋子は、40代の人生の岐路に立ち、それぞれの生活や人間関係、生と死、世界情勢と向き合いながら、決断をしていきます。 その慎重な歩みは、歳を重ねた者、特有の悩みが垣間見えます。 2人の心情に寄り添い、読み進めていくうちに、「自分だったら…」。 と考えずにはいられません。 出会ってしまったからには、出会っていなかった過去にはもう戻れないほどの愛。 未来は変えられるというけれど、過去もまた変わるのではないか。 ただまっすぐ愛したい。 小説『 マチネの終わりに』を読み終わったあと、この世界にいつまでも浸っていたいような気分になります。 そして『 マチネの終わりに』の映画化に伴い注目したい点は、キャストの素晴らしさです。 蒔野と洋子を演じるのは、憧れの40代代表、 福山雅治と 石田ゆりこです。 2人の共演というだけで胸が躍ります。 切なくも美しい大人の愛の物語を、2人の美しい俳優が丁寧に演じる様をスクリーンで見たい。 もう感嘆のため息しか出なそう。 また、洋子の婚約者リチャード役にはリチャード新藤として 伊勢谷友介が登場です。 蒔野の登場で洋子を懸命につなぎ止めようとする姿に注目です。 そして、蒔野のマネージャーで後の結婚相手、早苗の役は 桜井ユキが演じます。 健気さを武器に2人の恋の邪魔をするひどい女っぷりに注目です。 まとめ 芥川賞作家・平野啓一郎著、音楽家とジャーナリストの愛の物語『 マチネの終わりに』を紹介しました。 たった3度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった。 運命の恋とは共に過ごした時間や結果ではなく、一生心にとどまり続け、生きる力になる存在なのかもしれません。 切なくも美しい大人の愛の物語が、福山雅治と石田ゆりこ共演で映画化。 いよいよ11月1日公開です。 「ほぉ」と、感嘆のため息を皆で漏らしましょう。

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