笠井アナウンサーブログ。 笠井アナ、抗がん剤の副作用についてつづる「なめてました……」

笠井アナが実感した「がん保険」の大切さ 退社もあって「半年間は無給」の中で...: J

笠井アナウンサーブログ

Contents• 治療法も違って、 カテゴリー的にはこの部類ならこれと」と、 型によって治療法が違うと伝えた。 大変な病気ですよね! 先は少し長そうですが頑張っていただきたいです。 笠井アナはフジテレビの番組のとくダネ!に 出演されていましたので、職場は港区の お台場ですね。 通勤できる範囲の場所が自宅にあると 思いますので、都内近郊ですね。 笠井信輔(56)が19日、東京都内の病院に入院した。 この日、「とくダネ!」に生出演後、東京・台場の同局から車で移動し、 都内にある病院の血液内科に入院。 その直前、車中でサンケイスポーツの取材に応じ、 「毎日3回、鎮痛剤を飲むけど腰はシクシクと内側からしょっちゅう痛む。 血液のがんなので全身に回り、他にも痛む箇所は肩や手首、右の脇の下とか変わるんです」と 告白した。 都内で血液内科があって入院できる病院を 調べてみましたら5つありました。 また夜間、休日も様々な病気、怪我に対応して、 一人ひとりの患者さんを大切にした丁寧な医療を心がけてます。 「すべては患者さんのために」の院是の下、急性期医療とがん・脳疾患・ 心臓病を中心とした高度先進医療を提供しております。 半年間は闘病しなければならないのは かなり辛いですね。 又元気な姿でテレビに戻ってきて いただきたいなと思います。 フォロワーも増えていますので 勇気付けられますね!.

次の

笠井信輔アナがとくダネで悪性リンパ腫の病状、生存率告白。抗ガン剤治療開始し、ブログで闘病生活の様子を発信予定

笠井アナウンサーブログ

していた。 笠井アナは「ブログ始めます。 」と題してブログを更新。 笠井アナは早速Instagramのフォロワーが300人から一気に3万人を超えたことについて触れ「この数、皆さんはどう捉えますか?」と質問。 笠井アナは東日本大震災の取材を経験して、なくなった縁を数えるのではなく、新しく生まれた縁を数えていこうとする人々の姿に当時強い感銘を受けたとつづり、「そして今、まさに自分がその身になりました」とコメント。 続けて「この3万人もの方たちは、私が『悪性リンパ腫』になったから繋がれた人たちです。 皆さんの応援メッセージにとても励まされています」と感謝を記した。 また、投稿の最後では「一昨日、主治医の先生から家族に対して、細かな治療方針の説明がありました」と笠井アナ。 新たに自身の病気であるびまん性大細胞型B細胞リンパ腫がその中でも「予後の悪いタイプ」であることが分かったと説明し「そのため、『通常より一段階強い抗がん剤治療を行う』ことが明かされました」と告白。 強い抗がん剤治療をスムーズに行うために右胸にCVポートを埋め込んだことを明かし、「明日、月曜日、ついに抗がん剤治療が始まります。 が・ん・ば・る!」とつづり締めくくった。 《松尾》.

次の

笠井信輔アナの入院先の病院はどこ?悪性リンパ腫で闘病!

笠井アナウンサーブログ

笠井信輔アナ 悪性リンパ腫が公になった元フジテレビのフリーアナウンサー、笠井信輔(56)が19日、フジテレビ系「とくダネ!」(月~金曜前8・0)に生出演。 病名が「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」であることを明かした。 番組冒頭でメインキャスターでタレント、小倉智昭(72)が「3カ月前に笠井くんの卒業式をやってなんでこんな形で戻ってくるかね」と問いかけると、笠井アナは「自分でもこの激烈な展開についていけてないような感じがあります。 なんでって…」と複雑な胸の内を明かした。 悪性リンパ腫を公表した理由として、「32年間ワイドアナウンサーとして生きてきて、あらゆる有名人のプライバシーを自分の言葉で紹介してきて、いざ自分でも病気になったときにそっとしておいてくださいというのは自分の生き方としては許さない。 話せることは皆さんに知ってもらう義務がある」と説明。 続けて、「もう1つは小倉さんです。 小倉さんががんになって、自分の病状を事細かく公表する姿を見ていて、そこまで話さなくてもいいのに。 という姿を見ていたら、やっぱり我々のような仕事をしている人間というのはそういう覚悟とか立場に行く瞬間があるなと小倉さんを見ていて学びました」と話した。 病名は「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と公表。 進行速度は「中程度のスピードで、アグレッシブなタイプ」と診断されたと話し、「ちょっと強い抗がん剤治療が必要だねと。 生存率は7割程度」と言われたという。 診断を聞いたときの心境を「なんで。 なんでいま。 なんで俺がって。 そればかりでした。 フジテレビを辞めてフリーになってこれからというときに、そういう宣告を受けるのは青天の霹靂を超える衝撃でした」と振り返った。 さらに調べた結果、がんは全身に散らばっている状況だと話し「全身にがんが散らばっていると聞いた瞬間はめまいがしましたね。 自分大丈夫なのかな。 死ぬの?ってそのときは思いましたけど、先生はしっかり向き合っていけば大丈夫ですよと言ってくださったので、その言葉を信じて闘っていこうといまは思っています」と決意を示した。

次の