建国記念日 意味。 2月11日「建国記念の日」とは、簡単に言うと何の日?「建国記念日」との違いや正しい意味を子供に説明する方法

建国記念日の意味!英語で説明する時には要注意?

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建国記念の日はいつ?建国記念日との違いや意味について 建国記念の日は 2月11日。 国民の祝日で1996年に制定、翌年から施行されました。 建国記念日とは、文字通り建国を記念する日。 法律で祝日に制定されている国も多くありますが、何をもって建国の日とするかは国家によって様々です。 アメリカでは、独立宣言が行われた日7月4日が独立記念日とされ、これがアメリカの建国記念日です。 フランスの建国記念日はパリ祭。 フランス革命の発端となったバスティーユ牢獄襲撃の日、7月14日を祝います。 また祝日としての建国記念日を持たないイギリスにも、イングランドの守護聖人・聖ジョージの殉職した日を、ゲオルギオスの日という宗教的な建国記念日があります。 日本では建国の日が明らかではないため、建国神話をもとに建国記念の日が制定されました。 建国記念の日とされている2月11日は、日本書紀や古事記において初代天皇である神武天皇が即位したとされる旧暦の1月1日を、新暦に換算した日です。 しかし神武天皇が実在したかは、それを証明する歴史的根拠もなく、残された長命の逸話からしても懐疑的。 このように実際に建国された日かは定かでないため、建国記念日とはせず「建国記念の日」とされました。 建国記念日の祝い方やイベントについて 第二次世界大戦以前の日本では、「紀元節」という建国記念日を盛大に祝っていました。 しかし日本の敗戦後、初代天皇の即位した日を祝う紀元節を祝う行事は、天皇の地位を向上させ、国民を団結させる恐れがあるとGHQによって廃止されます。 その後、日本の主権回復とともに、紀元節に代わる建国記念日を求める声が高まりましたが「戦後の日本に戻るべきではない」という考え方は根強く、建国記念の日の制定にはかなりの議論と月日を要しました。 こうした歴史的背景があるためか、日本では国を挙げて建国記念の日を祝うことはありません。 建国記念日に玄関などに国旗を飾る家庭もありましたが、近年ではあまり見かけなくなりました。 しかし全国各地の神社では、現在でも奉祝式典や市民の集いが行われ、紀元節を祝っています。 また、神宮外苑から明治神宮までをマーチングバンドが行進する「建国記念の日 奉祝パレード」は有名。 各種コンテストなども行われており、毎年にぎわいを見せています。 いつから日本と呼ばれた?日本の歴代の呼び名は? 卑弥呼についての記載が有名な魏志倭人伝にも見られるように、古代の日本は「倭」と呼ばれていました。 古事記では主に「倭」日本書紀では主に「日本」という表記が使われています。 読みはどちらも「ヤマト」。 中国の歴史書からは、およそ7世紀後半ごろから「倭」から「日本」へと表記が変わってきたことが伺えます。 国内では「ヤマト」と読んでいたものの、国際的な読みは音読みの「ニッポン」または漢読みの「ジッポン」が流通していました。 その後、平安時代ごろには日本独自の雅語が普及し、日本と書いて「ひのもと」とも呼ばれています。 そもそも日本の名は中国から見て東の果て、すなわち日の本に位置することからついた国名だと言われています。 英名である「Japan」も日本の中国の漢語読み「ジッポン」から音をとったものだとか。 いかに古代日本において、中国の影響が大きかったかが伺えます。 戦時中などに多用された「大日本帝国」の名は、国名の前に付ける天子(天皇)の王朝である印「大」と、神国や皇国といった意味をもっていた「帝国」という言葉を組み合わせたもの。 現在では「帝国=皇帝の国」を表しますから、なんとなく違和感を持っていた人もいるのではないでしょうか。 現在では「二ホン」または「ニッポン」と読みますが、どちらも正しいものとされています。 とはいえ、正式な場では「二ホン」が使われることが多いという印象がありますね。 「Japan」に代わり、より日本の独自性を重視した「Nippon」というローマ字表記も増えています。 まとめ 日本の建国記念日が「建国記念の日」になっていることについて、わたくしぽんたろう、恥ずかしながら深く考えたことがなかったのでビックリしました。 折角学んだのですから、国の成り立ちを祝うとともに、平和についても感謝したいものと、つくづく実感いたした次第です。

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建国記念日とは?子供向けに日本の祝日

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スポンサーリンク 建国記念の日の意味と由来は? 建国記念の日はいつから始まったの? 建国記念の日は、1966年(昭和41年)の「国民の祝日に関する法律」(祝日法)の改正に伴い制定され、翌1967年(昭和42年)2月11日から適用されました。 もともとこの2月11日は「紀元節」という祝祭日でした。 この紀元節は、1948年(昭和23年)の祝日法の制定に伴い、廃止され、以降「建国記念の日」となっているのです。 建国記念の日の意味と由来は? 祝日法では、建国記念の日の趣旨について、「建国をしのび、国を愛する心を養う。 」と規定しています。 一方、以前の祝日であった「紀元節」は、「日本書紀」に記述されている初代天皇である神武天皇の即位の日として、1872年(明治5年)に制定されました。 この2月11日という紀元節の日付は、「日本書紀」において神武天皇が即位したとされる日に由来しています。 日本書紀では、初代天皇とされる神武天皇の即位の日が、紀元前660年1月1日 旧暦 と記述されていて、その即位の日を、明治になってから新暦に換算した日付が「2月11日」ということなのです。 紀元節であった頃は、当日は、各地の神社で「建国祭」などの祭りが執り行われていたようです。 なぜ「建国記念日」じゃないの? 法律では、2月11日は「建国記念の日」と定められていて、「建国記念日」とは書かれていません。 どうして「建国記念日」とは言わないのでしょうか。 なぜ紀元節は廃止されたの? 先にお伝えしたとおり、2月11日は、1873年(明治6年)に日本国の建国の日として「紀元節」と定められ祭日となり、その翌年から適用されました。 しかし、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)に、「紀元節を認めることにより、天皇を中心とする日本人の団結力が高まり、再び米国の脅威となるのではないか」という占領軍 GHQ の意向で廃止されたのです。 そして、1957年(昭和32年)2月13日には、自由民主党の衆議院議員らによる議員立法として「建国記念日」制定に関する法案が提出されました。 しかし、当時の野党第1党である日本社会党が反対したため、衆議院では可決されたものの、参議院では審議未了で廃案となってしまったのです。 その後、「建国記念日」の設置を定める法案は、9回の提出と廃案を繰り返すも、成立には至りませんでした。 1966年(昭和41年)6月25日、「建国記念の日」を定める改正祝日法が成立したのです。 スポンサーリンク 外国ではどうなの? 世界でも建国記念日を法律などで定めて祝日とする国は多いようです。 ただ、何をもって建国記念日とするかは、国によって異なっています。 アメリカ アメリカでは、1776年に大陸会議でアメリカ独立宣言に署名がされた日である 7月4日を「独立記念日」としています。 映画などでもよく採り上げられていますね。 フランス 1789年、バスチーユ牢獄襲撃・政治犯解放でフランス革命が始まった日である 7月14日を「パリ祭」として記念してます。 スペイン イスパニアデー(ナショナルデー)である 10月12日の起源は、コロンブスが1492年に初めてアメリカ大陸の地を踏んだ日です。 イタリア 国民投票により王制に代って共和制を政体とすることを決定した1946年6月2日を記念して、 6月2日を共和国記念日としています。 イギリス 建国記念日としての意味合いをもった祝日はありません。 これは、もともとイギリスは連合王国で、特定の構成国の建国記念日を採り上げると、連合体制を維持するのが困難になってしまうからのようです。

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建国記念の日~意味と由来は?なぜ「建国記念日」じゃないの?外国では?

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建国記念日の由来や意味と建国記念の日との違いや紀元節との関係! 何かと連休の多かった1月が終わり、2月に入ると心なしか休みが少なく感じてしまうものですが、そんな2月にも土日以外の休みがあることをご存知でしょうか。 それは、2月11日にある国民の祝日(建国記念の日 )です。 国民の祝日って何のお祝いなのかよくわからないけど、学校や会社が休みになるからラッキー、という方も多いでしょうが、この祝日は他の祝日とは少し意味合いが異なる日なのです。 2月11日は<建国記念の日>となっています。 建国記念ってことは、日本が出来た日? と思いますが、調べてみると実はそうではないことがわかりました。 「えっ?それならどうしてお祝いするの?」と不思議に感じますよね? そこで今回は、知られざる建国記念の日についてご紹介したいと思います。 また、「建国記念の日って建国記念日とは違うの?」という疑問も多いことから、今日はそちらにもズバッとお答えしてみたいと思います。 建国記念日とは? 建国記念日とは、書いて字の如く、 「その国が建てられた(建国)記念の日」という意味です。 ただし、何を以て建国とするかは各国で定義が異なっており、日本においては神倭伊波礼比古命(カムヤマトイワレビコノミコト)が神武天皇として初代天皇に即位した日とされています。 とは言え、神武天皇は実在した人物ではなく、神話上の人物という説が有力視されているため、神武天皇が日本を建国したという真相は不明となっています。 建国記念日の由来は?紀元節との関係は? 建国記念日は、明治時代に「神武天皇が即位した日を日本の始まりとする日」=紀元の日としたことから始まりました。 当初はこの日を 「紀元節」と言い、太陰暦では1月29日でしたが後に太陽暦となった時、改めて2月11日に制定されました。 しかし、紀元節は戦後に占領軍によって一度は廃止されてしまいます。 そして、1951年頃から再び紀元節の復活を望む国民の声が高まり、1957年には建国記念日を制定するための法案が提出されたのですが、野党の強い反発により実現には至りませんでした。 その後、この法案は9回も廃案を繰り返し、 1966年に「建国記念日」ではなく「建国記念の日」の法案が国会を通り、1967年より施行されました。 建国記念日の意味は? 建国記念日の定義は各国で異なり、例えばアメリカやカナダ、マレーシア、ブラジル、ナイジェリアなど多くの国では植民地や統治下から独立した日を指し、イタリアやタイでは王制から共和制や立憲政治に代わった日、ドイツでは東西が再統一した日を建国記念日と定めています。 ちなみに、日本には建国記念日という概念はありません。 これは、日本の建国そのものが不明となっていることから、正確な建国日というのがわからないためです。 そのため、 日本には建国記念日というのは存在せず、その代わりに「建国記念の日」があるのです。 「建国記念日」と「建国記念の日」との違いは? かつて、神話上の人物とされる神武天皇が天皇に即位した日を紀元節としてお祝いし、明治時代にはその日を建国記念日として制定しようとしましたが、その実現には至らなかったことから日本には「建国記念日」は存在しません。 では、毎年2月11日の祝日は何なのだろう?と疑問が沸きますよね。 これは、カレンダーなどをよく見て頂くとわかるのですが、2月11日は「建国記念日」ではなく「建国記念の日」と記載されています。 建国記念と日の間に〝の〟が入っているかいないかの違いですが、実はこれには大きな違いがあります。 建国記念日は建国された日を指しますが、建国記念の日は、「建国をしのび、国を愛する心を養う日」とされています。 つまり、建国記念の日とは建国された日を指すものではなく、日本という国が建国された事象そのものをお祝いする日、という意味になっているのです。 建国記念の日はいつ定められたの?なぜ祝日になったの? 建国記念の日は、1966年に制定され翌年の1967年から施行されています。 日本では祝日を適用する際に、国民の祝日に関する法律(祝日法)によって日付を定めているのに対し、この建国記念の日は政令で定める日とされています。 これは、当初は建国記念日として制定しようとしたものの、専門家などから「日本建国の歴史が詳しく解明されていないのに、建国日を定められない」という反対意見が多く出た結果、建国記念の日として定めることになったため、祝日法ではなく政令で定めたとされています。 日本という名前の由来を教えて! 日本にまだ表記の定着がなかった時代、すでに漢字の発達していた中国では日本のことを蔑称で「倭(わ)」と呼んでいました。 しかし、倭という文字はいい意味で使われないことから、これを嫌った日本は倭の代わりに同じ発音である「和」を用いるようになります。 さらに、この和に尊称の意味がある大を付け、大和と書いて「ヤマト」と呼ぶようになりました。 7世紀に入り、中国との貿易交渉が始まると、対外的にも倭(倭国)と名乗ることを避けるようになり、 「日出処(ひいずるところ)」と称するようになります。 これは、中国から見て日本の位置が東にあったため、太陽が先に登るという意味があったそうです。 一説には、聖徳太子が中国への手紙を送った際にも、大和ではなく「日出処」と表記したと言われています。 701年の大宝律法で正式に日本という表記になりましたが、この時の呼び名は「ひのもと」もしくは「やまと」でした。 日本を、にほん(もしくはにっぽん)と読むようになったのは、室町時代からと言われています。 まとめ いかがでしたか? 建国記念日と建国記念の日は、実は意味が違う日だったのです。 そして、日本には明確な建国記念日というのが存在していないこともわかりました。 とは言え、日本という国が世界に実在していることに代わりはありません。 どこの誰が築いたかはわかりませんが、その第一歩が無ければ今の日本はないのですから、建国記念の日には建国をしのび、国を愛する心を養ってみましょう。

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