高良 健吾 石田 ゆり子。 大東駿介、高良健吾、山崎育三郎が天海祐希&石田ゆり子の『スナックあけぼの橋』で大盛り上がり!|TVLIFE web

高良健吾の主演映画『悼む人』に大竹しのぶ、井浦新、貫地谷しほりら出演&特報映像

高良 健吾 石田 ゆり子

「『悼む人は』は特別な作品」と、感慨深く語る高良健吾と石田ゆり子 第140回直木賞を受賞した天童荒太のベストセラー小説を、堤幸彦監督が映像化した『悼む人』 2月14日公開。 その青年・坂築静人を演じた高良健吾とヒロインの石田ゆり子に、どのように役柄に対峙していったのか、それぞれの思いを聞いた。 不慮の死を遂げた人々を悼み、死者が生前どんな生き方をしたのかを胸に刻んでいく静人。 高良はこの静人役について「静人がこの作品の中で、どのように存在したら良いのかが、最初読んだ時はわからなかった。 だけど、それは僕が静人をやるうえで、静人をみんなと共有しようとしていたからだと思うんです」と、オファーを受けた時の正直な気持ちを吐露。 劇中では、気持ちを抑えたかのような静人を静かに演じる高良が印象的だが、静人の感情の変化について「次第に心を解放していく…というより、石田さん演じる 奈義 倖世との出会いにより、一瞬にして解き放たれたという表現に近いです。 静人の感情が漏れないように気を付けていました」と、現場での役作りを振り返る。 そんな静人と旅を共にする倖世を演じた石田は、原作に心を奪われ、自ら役柄に志願。 さらに、いつか映像化される時が来たら何かしらの形で参加したいと天童に手紙を書いた、と驚きの過去も明かしてくれた。 「とにかくこの物語の中に入りたかったんです。 『悼む人』の世界は、今まで触れたことのない世界で、天童さんが書く小説の力に心を奪われました」と、惚れ込みようは並々ならない。 その一方で、演じるにあたり不安なこともあったという。 自分の想像を超えている役柄なので、そういうものに飛び込んでみたいな、って」。 そんな2人が魂を込めて演じる静人と倖世だが、印象的なのがクライマックスシーンで展開されるラブシーンだ。 石田が「みなさん、あのシーンを『どうだったんですか…?』って聞きずらそうに聞くんですよ 笑。 「その一言でみんな『あぁ!』って言ってくれるようになったよね」と笑い合うなど、2人の呼吸はピッタリだ。 最後に、この映画を見た率直な感想を聞くと、まもなく公開となる今も、客観的に見られないと話す2人。 高良が「何が正しいのかわからなくなるくらい、静人を演じた時は主観でやっていました。 でも、デビュー10周年、僕にとって特別な作品になったのは間違いないです」と心境を述べると、石田は「ある程度の時間が経ち撮影のことも忘れた頃に、この映画を見たら、何を思うのかが楽しみ。 本当にこの作品と出会えて良かった」と、感慨深く語ってくれた。 特別な思いを胸に、シリアスな役柄と真摯に向き合った高良と石田。 2人が劇中で見せる緊迫感ある演技から、本作に懸ける思いをしっかり受け取ってほしい。

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『悼む人』高良健吾&石田ゆり子 単独インタビュー

高良 健吾 石田 ゆり子

また、どのように役に入っていかれましたか? 高良僕は脚本も原作も読んで、最初に思ったのはどう演じるかというよりも、どういうふうに静人がこの映画の中で存在したらいいんだろうということに悩みました。 静人がやっている行為というのは、人に褒められたくやっているわけではないです。 そこにある命に向き合っているけれど、すごく半径が狭いと思うんです。 僕がお客さんに向かって静人を演じると、静人という人物がすごいブレる気がして、じゃ、どういう風に演じたらいいんだろうと、読んだ時にすごく思いました。 でも、台本の後半に静人のお母さんが、静人について「貴方の目にはどう映りましたか」と言うのです。 僕はそれを信じて演じました。 だから正直、この役は客観で無く、ほとんど主観で、自分が思う静人を、自分の中から演じただけなので、それが正しいか、正しくなかったかは分からないです。 石田私はこの原作を読んだ時に、とても原作に感銘を受けて自分で立候補したんです。 もちろん、それが叶って夢のようだったんですけど、あまりの役の難しさにとても悩んで、この奈義倖世さんの人生を想像しても想像しても、想像しきれない、この悲しさと辛さをどうやって演じたらいいのだろうって、とても考えました。 でも結局、出た答えは考え過ぎないということ。 この撮影期間、自分の人生をこの人に捧げようという気持ちで撮影をしていたような気がします。 高良この映画は受け取り方が自由な映画だと思います。 家庭環境や、家族構成の違いもそうですし、今日観るのと、明日観るのでも違うでしょうし。 なんていうか、本当に受け取り方が自由な映画なので。 押しつけていない映画だと僕は思っています。 やっぱり、死生観というのを押しつけるのは映画の中でしたくなかったです。 石田 私は試写を2回観たんです。 通常1回観て終わるんですけど、今回1回目を観た時に、自分のことばかりが気になって、全体が見えなかったんです。 何かものすごく見逃していると思って、もう1回観ました。 そしたら、2回目は涙が止まらなくなって。 この映画は本当に観る人によって感想が違って、年齢によっても、その人の境遇によっても、その時の気持ちによっても、本当に様々で、賛否両論あると思います。 でも本来映画ってそういうものだし、観やすい映画ではないかもしれないけど、おなかの中に眠っている何かをかき混ぜるかのような激しさも持っていると思います。 そんな映画に参加できたことを本当に幸せだと思いますし、だから観た方は正直に忌憚のない意見を教えて欲しいですね。 それはいい感想じゃなくても、全然分からなかったと言われてもいいと思います。 主観、客観っていう話がありましたが、主観的になりすぎると生きている人が会っていないとその人はいないことにしまう、客観的になると会っていなくてもその人がいることを感じられるということだと思います。 悼むという行為をすることは、亡くなったものに対して、思い出すことだから、その人が生きていたということを覚えておくことなのかなと思います。 またその人をその人の中で、生き返らせる行為で、ふっと思い出した瞬間にその人は生き返るんです。 でも静人のようにいろんな命に対して出来ることは凄いと思います。 静人のように出来なくても、身近なところに対してはやっていきたいという考え方になりました。 話せば話すほど、嘘っぽくなるっていうか、打ち合わせみたいなことをしてしまうと、気持ちが飛んでしまう。 だから、井浦さんとの場面では倖世とだけ、お話をしていなかったと思います。 石田 2014年を振り返って、いいこと悪いことを考えた時に、すごく幸せだったなって思ったことが高良君と出会えたことですね(笑)。 彼はまだ20代で、私と比べたらそうとう若いんですけど、なんか本当にキラキラしているんです。 その空気を一緒に吸って、撮影が出来たことは本当に幸せだったなって思います(笑)。 役柄は明るい役ではないし、言葉も少ないし、笑うこともほとんどないけど、私はとっても幸せでした。 とても素晴らしい俳優さんだと思います。 そして東日本大震災から4年目となる年。 そして戦後 年という年でもありますが、そんな年に本作『悼む人』に出演することについて。 高良静人の凄い所っていうのはどんな命に対しても差別をしないということだと思います。 それを自分の身内だけでなく、多くの他人にもできるのが静人です。 それは本当に一つ一つの命を線引きしていたら、出来ない行為だと思います。 いろいろな震災などで多くの命が亡くなりました。 僕たちは静人のようにはできないので、そういう出来事があったということを、ずっと残していくことが大切だと思います。 静人であればどんなに時間がかかっても一つ一つの命を覚えていくんだと思います。 でも、僕はこの映画の中で新しい命が生まれ、母親が亡くなった時に静人の旅がどういう旅になるかっていうことに興味があります。 悼む形はきっと変わるだろうし、変わるべきだと思いますね。 傷つく人もいれば、救われる人もいるかもしれない。 また普通に煙たがる人もいると思います。 けれども、僕は人間性も含めて静人がやっていることを否定されたくなかったんです。 だからそうするにはどうやって演じたらいいだろうと、堤監督とよく話しました。 最後までぶれないこと、それとポーズにならないこと。 やりすぎると静人の行為は一気に、クサくなるんです。 それだけはならないように、気をつけていました。 石田いろんなことを撮影前に監督と話したんですけど、「とにかく石田ゆり子じゃない、見たこともない石田ゆり子を見せたい」っておっしゃって、一体それがどういうことなのか、具体的に私には分かっていなくて。 ただ、私は奈義倖世さんって人を辛く悲しいけど、自分が無い人にはしたくなかったんです。 彼女は心のどこかですごく自分に対して怒っているんじゃないかなって考え、そうであって欲しいって思ったんです。 彼女自身が全部自分で選んできたことだから、そういうことを監督と結構話し合いましたね。 高良今年は『悼む人』、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」、映画『きみはいい子』の中で、全部違う自分が見せられたらいいなと思っています。 どうしても自分と向き合わないといけない仕事だと思うので、嫌な自分もたくさん見つかる。 それさえも愛せたらいいなと思います。 九州にいた時は転校ばかりしていたので、一つの場所に住むことで言えば、東京は住んで 年なので一番長いのですけれど、九州はいいなって思いますね。 よく通えないかなと考えますね。

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国民的女優、吉永小百合の心がけに天海、感動!石田は人生相談「私はどうしたらいいですか?」

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また、どのように役に入っていかれましたか? 高良僕は脚本も原作も読んで、最初に思ったのはどう演じるかというよりも、どういうふうに静人がこの映画の中で存在したらいいんだろうということに悩みました。 静人がやっている行為というのは、人に褒められたくやっているわけではないです。 そこにある命に向き合っているけれど、すごく半径が狭いと思うんです。 僕がお客さんに向かって静人を演じると、静人という人物がすごいブレる気がして、じゃ、どういう風に演じたらいいんだろうと、読んだ時にすごく思いました。 でも、台本の後半に静人のお母さんが、静人について「貴方の目にはどう映りましたか」と言うのです。 僕はそれを信じて演じました。 だから正直、この役は客観で無く、ほとんど主観で、自分が思う静人を、自分の中から演じただけなので、それが正しいか、正しくなかったかは分からないです。 石田私はこの原作を読んだ時に、とても原作に感銘を受けて自分で立候補したんです。 もちろん、それが叶って夢のようだったんですけど、あまりの役の難しさにとても悩んで、この奈義倖世さんの人生を想像しても想像しても、想像しきれない、この悲しさと辛さをどうやって演じたらいいのだろうって、とても考えました。 でも結局、出た答えは考え過ぎないということ。 この撮影期間、自分の人生をこの人に捧げようという気持ちで撮影をしていたような気がします。 高良この映画は受け取り方が自由な映画だと思います。 家庭環境や、家族構成の違いもそうですし、今日観るのと、明日観るのでも違うでしょうし。 なんていうか、本当に受け取り方が自由な映画なので。 押しつけていない映画だと僕は思っています。 やっぱり、死生観というのを押しつけるのは映画の中でしたくなかったです。 石田 私は試写を2回観たんです。 通常1回観て終わるんですけど、今回1回目を観た時に、自分のことばかりが気になって、全体が見えなかったんです。 何かものすごく見逃していると思って、もう1回観ました。 そしたら、2回目は涙が止まらなくなって。 この映画は本当に観る人によって感想が違って、年齢によっても、その人の境遇によっても、その時の気持ちによっても、本当に様々で、賛否両論あると思います。 でも本来映画ってそういうものだし、観やすい映画ではないかもしれないけど、おなかの中に眠っている何かをかき混ぜるかのような激しさも持っていると思います。 そんな映画に参加できたことを本当に幸せだと思いますし、だから観た方は正直に忌憚のない意見を教えて欲しいですね。 それはいい感想じゃなくても、全然分からなかったと言われてもいいと思います。 主観、客観っていう話がありましたが、主観的になりすぎると生きている人が会っていないとその人はいないことにしまう、客観的になると会っていなくてもその人がいることを感じられるということだと思います。 悼むという行為をすることは、亡くなったものに対して、思い出すことだから、その人が生きていたということを覚えておくことなのかなと思います。 またその人をその人の中で、生き返らせる行為で、ふっと思い出した瞬間にその人は生き返るんです。 でも静人のようにいろんな命に対して出来ることは凄いと思います。 静人のように出来なくても、身近なところに対してはやっていきたいという考え方になりました。 話せば話すほど、嘘っぽくなるっていうか、打ち合わせみたいなことをしてしまうと、気持ちが飛んでしまう。 だから、井浦さんとの場面では倖世とだけ、お話をしていなかったと思います。 石田 2014年を振り返って、いいこと悪いことを考えた時に、すごく幸せだったなって思ったことが高良君と出会えたことですね(笑)。 彼はまだ20代で、私と比べたらそうとう若いんですけど、なんか本当にキラキラしているんです。 その空気を一緒に吸って、撮影が出来たことは本当に幸せだったなって思います(笑)。 役柄は明るい役ではないし、言葉も少ないし、笑うこともほとんどないけど、私はとっても幸せでした。 とても素晴らしい俳優さんだと思います。 そして東日本大震災から4年目となる年。 そして戦後 年という年でもありますが、そんな年に本作『悼む人』に出演することについて。 高良静人の凄い所っていうのはどんな命に対しても差別をしないということだと思います。 それを自分の身内だけでなく、多くの他人にもできるのが静人です。 それは本当に一つ一つの命を線引きしていたら、出来ない行為だと思います。 いろいろな震災などで多くの命が亡くなりました。 僕たちは静人のようにはできないので、そういう出来事があったということを、ずっと残していくことが大切だと思います。 静人であればどんなに時間がかかっても一つ一つの命を覚えていくんだと思います。 でも、僕はこの映画の中で新しい命が生まれ、母親が亡くなった時に静人の旅がどういう旅になるかっていうことに興味があります。 悼む形はきっと変わるだろうし、変わるべきだと思いますね。 傷つく人もいれば、救われる人もいるかもしれない。 また普通に煙たがる人もいると思います。 けれども、僕は人間性も含めて静人がやっていることを否定されたくなかったんです。 だからそうするにはどうやって演じたらいいだろうと、堤監督とよく話しました。 最後までぶれないこと、それとポーズにならないこと。 やりすぎると静人の行為は一気に、クサくなるんです。 それだけはならないように、気をつけていました。 石田いろんなことを撮影前に監督と話したんですけど、「とにかく石田ゆり子じゃない、見たこともない石田ゆり子を見せたい」っておっしゃって、一体それがどういうことなのか、具体的に私には分かっていなくて。 ただ、私は奈義倖世さんって人を辛く悲しいけど、自分が無い人にはしたくなかったんです。 彼女は心のどこかですごく自分に対して怒っているんじゃないかなって考え、そうであって欲しいって思ったんです。 彼女自身が全部自分で選んできたことだから、そういうことを監督と結構話し合いましたね。 高良今年は『悼む人』、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」、映画『きみはいい子』の中で、全部違う自分が見せられたらいいなと思っています。 どうしても自分と向き合わないといけない仕事だと思うので、嫌な自分もたくさん見つかる。 それさえも愛せたらいいなと思います。 九州にいた時は転校ばかりしていたので、一つの場所に住むことで言えば、東京は住んで 年なので一番長いのですけれど、九州はいいなって思いますね。 よく通えないかなと考えますね。

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