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【泣ける】叶わない恋…不倫の歌…恋愛ソングの名曲30選まとめ — News

叶わ ない 恋 に おぼれ て も

スピリチュアルな一目ぼれの意味 前世で恋をしていた スピリチュアルな一目ぼれは、自分の前世が恋をしていた相手の生まれ変わりである魂と再開したことを意味します。 一目ぼれした異性は、自分の前世が恋をした相手の魂を持つ異性ですから、魂が肉体を持って生まれて来る度に、いつも同じ恋をしているのにちっとも飽きない、そういう相手だからこそ好きになるのでしょう。 相手の魂との絆が余程強いか、あるいは愛されても結ばれることがなかったのか、理由はいろいろと考えられますが、自分の魂は現世で肉体が滅んでも、また来世で同じ相手に恋をする運命にあることには変わりありません。 前世の魂に一目ぼれする人は、深い縁のある相手を選びますから、相手の性格や考え方はもちろん、育った環境も受け入れやすく相思相愛にもなりやすいので、ドラマのような恋になる傾向があります。 父親の面影を追う スピリチュアルな意味の一つとして、自分の父親に似た雰囲気の魂を持つ異性が現れたことを意味します。 一目ぼれした異性は、自分の父親に似た性格や雰囲気の魂を持つ異性ですから、魂が肉体を持って生まれて来る度に、反発しても甘えても受けとめるそんな大変な恋なのに笑ってくれる、そういう相手だからこそ好きになるのでしょう。 相手の魂が余程寛容なのか、あるいは何らかの形で娘をかわいがることができなかったのか、理由はいろいろと考えられますが、自分の魂は現世で肉体が滅んでも、また来世で父性的な異性に恋をする運命にあることには変わりありません。 父親の面影を持つ魂に一目ぼれする人は、深い縁のある相手ですから、相手の性格や考え方に反抗期のごとく反発したり甘えたりすることが多くても、育った環境は受け入れやすいので、同い年だとしても齢差のあるような恋になる傾向があります。 自分と似ている スピリチュアルな意味の一つとして、自分の性格や行動が似た魂を持つ異性が現れたことを意味します。 一目ぼれした異性は、自分に似た性格や行動を起こす魂を持つ異性ですから、魂が肉体を持って生まれて来る度に、とてもフィーリングが合ってたまに距離を置いても気にしない、そういう相手だからこそ好きになるのでしょう。 相手の魂が余程フィーリングが合うのか、あるいは自由気ままなのか、理由はいろいろと考えられますが、自分の魂は現世で肉体が滅んでも、また来世で自分と同じ雰囲気の異性に恋をする運命にあることには変わりありません。 自分に似た魂に一目ぼれする人は、深い縁のある相手ですから、相手の性格や考え方に共感することが多くても、育った環境には苦手意識を持つ可能性があるので、二人きりの時間を重点に置く恋になる傾向があります。 心の傷に触れない スピリチュアルな意味の一つとして、心の傷には触れない、あるいは同じ傷を抱えた魂を持つ異性が現れたことを意味します。 一目ぼれした異性は、心の傷には触れない魂を持つ異性ですから、魂が肉体を持って生まれて来る度に、優しさで心を包み込んで決して心の傷を無理に見ようとはしない、そういう相手だからこそ好きになるのでしょう。 相手の魂が余程思いやりがあるのか、あるいは心の傷を癒せずにいるのか、理由はいろいろと考えられますが、自分の魂は現世で肉体が滅んでも、また来世で心の傷をいたわってくれる異性に恋をする運命にあることには変わりありません。 心の傷には触れない魂に一目ぼれする人は、深い縁のある相手ですから、相手に恋をするというよりは自分の心の傷を受けとめられず、育った環境次第では傷をかばうだけの可能性があるので、相手をダメにしてしまう恋か、心の傷を治す課題を乗り越える強い恋のどちらかになる傾向があります。 ステータスが輝いている スピリチュアルな意味の一つとして、自分が認めてもらえないステータスが輝いている魂を持つ異性が現れたことを意味します。 一目ぼれした異性は、自分が認めてもらえないステータスが輝いている魂を持つ異性ですから、魂が肉体を持って生まれて来る度に、自分の自信がない部分に優れてイケメンなど見るからに人に劣らない、そういう相手だからこそ好きになるのでしょう。 相手の魂が余程優れたステータスを持っているのか、あるいは優越感を持つのか、理由はいろいろと考えられますが、自分の魂は現世で肉体が滅んでも、また来世で自分にないステータスが輝いている異性に恋をする運命にあることには変わりありません。 自分にないステータスが輝いている魂に一目ぼれする人は、深い縁のある相手ですから、相手に恋をするというよりは人に認められたいという気持ちが強く、育った環境次第では相手を受けとめられない可能性があるので、相手のステータスが人並み以上に優れていないと気が済まない恋になる傾向があります。 占い師 春輝苑のワンポイントアドバイス 自分の魂が引き寄せたり、引き寄せられたりしてようやく探し当てたのですから、相手とは会ったことも話したことのないにもかかわらず、その眼が彼をとらえた瞬間、恋に落ちてしまうのはある意味必然なのですよ。 こうして話していても、まるでピンと来ないかもしれませんが、魂と魂が恋をしたら誰にも止めることはできないということ、たとえ生まれた国が違っていても、必ずめぐり逢って恋をする運命にあることを心得ておかなければなりません。 ただし、恋をする運命に合っても結ばれないことがあるのも事実ですから、あなたの魂がどういう恋をするタイプなのか、それをしっかりと見極めることによって恋は成就します。 そして、一生涯ともにする相手になることも十分考えられますので、魂がどんなタイプであろうとも、あきらめることなくあなたの手で幸運をつかみ、この魂の出逢いを恋の成就へと導きましょう。 一目ぼれは魂がめぐり逢わせた必然の恋 一目ぼれした異性は、あなたの魂が何十年何百年となく待ち焦がれて、やっと魂の持ち主に出逢えることで、あなたの魂がどれだけ喜ぶことか、そう考えれば一瞬で恋に落ちてしまうことも想定できるでしょう。 しかし、それぞれの魂を持った人は、どんな相手と何度恋をしようとも、必ず一度はたどり着く魂の持ち主ですから、別れたり元のさやに戻ったりを繰り返すこともあれば、結ばれないこともありますので、ある意味、その魂の持ち主である異性に恋をする為に生まれて来たと言っても過言ではありません。 生まれ変わったとはいえ、彼の魂はあなたの魂のことをしっかりと覚えていますから、何百年ぶりかな?なんて、魂同士で会話を交わすことも考えられますが、彼の肉体には全く記憶もなければそのことを知る余地もないのです。 しかも、あなたはこれまでの夢の中でお互いの魂は何度か語り合っているのですが、あなた自身は前世の記憶どころか魂の行動さえも知らず、無論見つける術など意識していない為、意識の上で一目ぼれは奇跡としか思えないでしょうね。 micaneの占いは楽しんで頂けましたか? 「micaneの占い師に個別鑑定をしてもらいたい…。 」 「もっと無料の占いを試して見たい…。 」 「鑑定結果で悩みをなくして幸せになる方法を知りたい…。

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叶わ ない 恋 に おぼれ て も

archive. 併し wi! り 特別な. : つ - ゐる H 係 上 無下に 斷る 可く もない。 筆者 亦藤樹 研究に 沒頭 する こと 廿餘 年で ある。 意 だけ は 百 詩 先生の それに 劣らぬ 積で ある。 特に 百 詩 先生 の 研 洗. は 現存の 僞 古文 廿五篇 の 內容の 吟味で あるが、 藤樹 研究 は 現 存 資料め, 精究 以外 材料 其の物から 掘り出して 來 ねばならない ハ ンヂ ギ -セ. ッ プ.. が ある。 在る もの の 吟味 許で なく 無 を 有に 導かねば たらな い S3 を 要する。 しかし 十 年 以前に 全集 五 冊の 初版 を發 行した 當 時に 比して は 材料 も增 多し 叉 內容も 相當致 深の 度 を 高 め 得た 事 を 自信す る。 筆者の 藤 樹硏究 は 大正 丸 年から 出發 する。 斯歲 滋賀縣 湖西の 地に 同地 方 i 年來の 希望であった 藤 樹中學 の 設立が 漸く 實 現した。 校 地 は藤樹 書院 を 距るニ 半の 近距離に あり 當時 の 郡衙 の あ つ た 高 島 郡 の 中 心今津 であつ た。 そこ で 學校敎 育. to 中心 も自 から 先生 逍敎 の發揚 にあった。 當初 定めた 校訓 中の 一 ケ條は Tf. 屮 た は 一 下 今 こ し 除 た た 添 五 の 黼 研 有 の 1f, ふ し と 心 m m 玆 ヒ せ へ 大 驗 し 時 の の MO と 大 m の を 十 を ん 是 近 ら 聖 お た 般 間 風 で 此 し 正 を 爻 年 pi 樹 亦 江 れ 人 江 の に に が あ 等 て 十 i' ぶ け に 先 す 軟 に の 端 で 亙 高 つ 餘 は 先 者 明 は し 生 る 下 yr. 0: 人 を あ つ た 風 藤 生 年 外 し 治 m た 敎 に 味 人 つ て 郡 で を の 秋 て 祌 社 そ 動 を あ な 又 た 先 敎 あ 當 追 先 iil 卞 名 全 官 藤 先 苦 皆 克 象 る す は が 生 rr つ 時 お 生 は を 樹 疋 心 滿 ux. す 心 川 客 を ら 座 授 錄 報 來 催 約 も 負 實 あ つ を じ る 洞 委 觀 行 れ 世 十 せ 本 た の 期 あ の な た 隔 て 來 藤 主 員 的 つ て 界 數 ら 反 も 全 限 つ 下 根 が 月 四 藤 す こ。 斗 ? D 5 3 3 藤樹 先生 全集 第三 册 目次 翁 問答 内容 細目 卷之 二十 二 倭 文 心 學成書 一 解題 並 H? 、 笫三册 U 次 i. ゅ樹 先生 令. 一 答、 至德 要道ミ いふ。 一 w 地 三才 皆 この 道に て 行 はる。 二 孔子 この 寶を學 ぶ 鏡に 孝經を 作る。 二 この 寶の 靈驗の 著しき 例 舜、 文 王、 董永 等。 …… 一 一一 二 問、 我々 凡夫 も かく 廣大 なる 道 を 求めうる や。 一 一一 答、 突 大 なる 故に 求めうる なり。 - なる。 元來名 はなけ れ- ごも、 聖人 かりに 之 を 孝 ミ名づ く。 四 孝の 內容は 愛さ 敬な り。 四 三 問、 孝 を 守るべき 術 如何。 六 答, 孝 は 太 虛を体 段ミす 全 孝圖 o 六 身 を 立て 道 を 行 ふ を 孝の 要領 ミす。 セ 孝行の 條目。 八 四 問. 孝行に 五 等の 差別 あろ 理由。 八 五 問、 孝 經の發 端に 餘の 人倫 を あけす 、中- 1 於 事-君 ミ忠の 1 事の み說 ける 理由。 ル 答、 君 父の 恩 は 等し。 - S 七 問. 諸侯の 孝行 は 如何。 二 八 問、 鄹大 夫の 孝行 は 如何。 二 九 問. 士の 孝行 は 如何" 二 1 〇 問、 庶 人の 孝行 は 如何〕 ノ ニー 一 一 一問、 鹿 人の 孝にば かり 養 を說く 理由。 一一 一一 1 二 問、 人々 德を 明かに し、 生業 を 勤む るが 孝行な り や。 … 一四 答、 然り、 卽ち 明德を 明かに する 事な り。 3 一 三 問、 五俭 について。 一 五 答、 五倫、 五 典、 五敎、 五常。 一 五 天地 萬 物 わが 本心 孝德の 中に あり。 一 セ 十義。 一七 父子 有 親。 ち 父母の 恩。 一八 昊天罔 極の 恩、 烏に 反哺の 報、 羊に 跪 乳の 敬。 …二 不孝 をな す 原因。 三 顒 德,、 j 榜德。 … W1 答、 これに も心迹 あり。 S 聖人の 明 德は長 在 不滅な り。 W 一 一 五 問, 眞 儒の すぎ は ひ は 如何。 一一 四 父母の 亡き後の 禮。 ニ五 子 を 愛育す ろ 法 姑息の 愛を排 す。 二 W 敎 育の 本意。 二 六 禁。 ニセ 八つ 九つより 孝 經を敎 ふ。 二八 君臣 有義。 元 大臣、 諸 士の使 ひやう。 農工 商 を 撫育す るこミ o 忠。 大忠ミ 小忠。 刺草の 臣。 夫 は 和叆を 以て 妻 をい ざな ふ。 妻 は 順 正の 德を 以て 夫に 仕 ふ。 朋友 有 信。 心 友 面 友の 區別。 I S, 聖人 五 敎を說 く 次第に 意味 あり や。 答- 深き 意味 あり。 一 五 問、 今生 は假の 住居 なれば, 五倫の 交 も 夢幻の 如し 他に 向上の 道な きか。 BM 答、 至 德要道 を 保 合する を眞 備ミ す。 M 上 卷之末 1 問、 文武 は 一 一色 か。 一 答、 文武 は 1 德 なり。 二 文 は 仁の 異名、 武は義 の 異名。 一一 一 文武 各々 德ミ 藝ミの 本末 あり。 11ー 世人 は 文武 を 誤解せ り。 四 I 一問, 武藝 文藝は 不用 か。 W 三 問、 本末 兼備 はる 事 能 はざる 時 は。 五 五 問、 仁義の 勇 ミ血氣 の 勇 ミの別 如何。 六 六 問、 大劳 小勇に 用 ひやう の 別 あり や。 八 七 IT 軍法に 流 多し、 大將の 必す擧 ぶべき 事な り や。 …… 九 答、 然り。 必す學 ぶべき 事な り。 九 軍法の 根本 は 一 にして 流に よって 變る 事な し。 … 九 軍法の 皮 臍毛髮 のみ を 固守す る は 愚な り。 10 軍法の 根本 は 文武 合 一 の明德 にあり。 二 八 gT 儒畢を 究めす して 軍功 を 立てし 人 多き 故、 儒學 を 學 ばす ミも 軍法 を舉 びうべし。 九 問、 士の 吟味 は 如何にすべき か。 一一 一一 答• 士の 品に 上中下の 別 あり。 一四 吟味の 要は 德ミ 才能 ミ 功-、、 - なり。 一四 今日は 才ミ 功ミの 吟味の みに て、 德の 吟味な. 一 W 一 一 問、 昔の 锭は 如何。 ; 答、 昔の 锭は才 も 功も德 を本ミ す。 S 1 二 問、 臣下 をい かやう に 使 ふべき か。 一六 答. 公明 博愛の 心 を 本- A- す。 一六 才德 なき 者 も必す 一 得 あり。 一七 氣に 入りの 出頭の み を 使 ふこ V 勿れ。 一 七 主君の 心 明か なれば、 家中の 士風 良くな り、 主君 一 の心喑 ければ、 士風惡 しくなる。 一八 1 三 問、 法度の 數多 きがよ きか。 一 九 答、 數の 多少に て 善惡を 定めが たし。 ー儿 法治 ミ德 治ミの 長短。 二 Q 四 翻、 fig の 畢簡は 如何。 三 活法ミ 死 法。 ニニ 耕作の 比噏。 丄 一二 天災 ミ 自作の 事。 - は 別 か 一 つか。 二 五 六 問、 明徳-、 -至 德ミば 一 つか。 か o P ニセ 答、 すべて 君た る 人 は大惡 逆の 外 は 差 出ぬ がよ し。 …元 九 IT 人ん 物 も 皆 善 は 少く惡 は 多し。 天道 は純粹 至善な るに、 何故 惡 多き や ーーー0 答, 世の中に 惡 なし。 善 あろの み, その 中に 精粗の 別 下 卷之本 1 問、 學 II は 出家の わざな り ミの說 あり, 士の 中に 學問 すろ 者 あれば、 武 W に 立た す ミ幾る 者 多し。 この あり。 一一 一一 粗 は 多く, 精 は 少し。 一一 一二 精 は 粗の 支配者 ミ なる。 , 一一 一一 一一 堯舜の 民 は比屋 封すべし。 一 一一 3 loir 愚痴 不背 も惡 人に あらざる 事 は 如何。 答、 愚痴 不肯 にも 良知 良能 を 固有せ り。 一 一 問、 易學 V- は 何 か。 一一 一七 生れつきの 命は實 なり、 行の 善惡 によって 受 くる 命 五福 六 極 は虛 なり. " 一一 一八 虛は實 に 勝たぬ 故. 善人 も 不幸に, 惡人も 幸に あ ふこ ミ あるな り. - 四 一 旦 善人 も 不幸に、 惡人も 幸 をうる ミ も、 最後に は. 箱 善 禍 淫の理 誤る こミ かし。 M 五福の 中、 攸好德 だに うくれば 他の 福 は 無くても よし。 四 1 一一 迷 は 何より 起り たる や。 一 答, its. 蓽 問の 流行す るより 起れ り。 は 心の 汚 を淸め 身の 行 を 良く せん ためなり。 : 一 一 六 問、 この 工夫 を 得た る 人 は 一文 不通 にても 學者 なり。 : 二 一 七 問" 心 明に 行 俊: 止しく 文武 兼備す る を 正 真の 武士の 學 問ミ す," 一一 1 八 問、 文. a 答、 正眞 の舉 をよ く 悟れば 仁義の 勇 明か ミ なる。 六 一 一問、 心 を 明かに し 身を修 むる 人 は 一 文 不通 にても 學問 する 人な りミ言 へ ば、 論語よ ますの 論語よ みミ い 九 問, ふ 諺 も 道理 あるか。 答、 答, 眞の 論語よ ますの 論語よ みは 孔子な り、 それより 下は必 す、 書 を よむべし。 七 一 一 問、 三 問、 株 を 守ろ ミは 何の 事 か。 八 一 答、 答、 大 唐に は 無 舉の士 は 百 人に 一 、もな し。 日本 は 無 j 一一 問, 擧の士 多し。 三 五 問、 畢簡の 名 は 一 つに て、 何故、 差 あり や。 三 答、 正:! A. 三 魔境へ おち 人 ミは何 か。 正 A 、の學 問 は 書 を讀 ますしても 成る もの ミ言 へ ば 讀 書を廢 して は 如何。 1W 太古 は 書な し. 聖人の 言行 を 手本 ミ す,. , 一 If- 伏 儀の 時より 文字 始り、 次第に 書物 生す。 S 孔門の 敎は文 行 忠信の 四つな り。 一六 文 は行ミ 忠信 ミの鑑 なり。 一六 賤男, 賤 女の 書を讀 みえざる 者 は 如何: 一六 昔 聖人の 代に は 小 里に も舉校 あり、 その 里の 奉行 が 敎師ミ なりて、 書 を 講じ、 道を敎 ふ。 一せ 書籍の 默は 限な し。 殘らす 讀む要 あり や。 1 八 十三 經、 その 註釋、 七 書の 外は讀 みて 益な し。 g 三經の 中に 孝、 忠、 勇 を! こ, K の武 篇の敎 なり。 二 享曰、 勇 25. 0 一 5 衞の IIK ム陣を 孔子に 問 ふ。 一一 六 一 二 五 問、 運命 強ければ いづれ の 敵に も 勝つべき が。 二 六 問、 ば 運の 强き方 勝つ。 元 請 葛 孔明ミ 司 馬 仲 達の 戦。 二 九 一 答, 聖人、 賢人, 英雄、 奸 雄の 別 を 問 ふ" 一一 10 奸雄 は毒藥 の 如し。 一一 一二 蠹用 ミ吝 きミ いづれ がよ きか。 1 一一-一 一一 一 二 七 問, 棄 用も吝 きもな き 工夫 如何。 一一 一四 財 衩の使 ひ 方に 公用, 私用, 妄费の 別 あり。 大名、 家老の 第一 の 庇 は 何 か。 il 一六 私の 一 字な り。 一一 K 3K 侯 卿大 夫の 第 一 に 行 ふべき 事 は 何 か。 謙の 一字な り。 一 1 一七 大舜の 故事。 一一 ーャ 周 公旦の 故事。 一一 一八 今時の 士の 主君 を 多く 取りて 知行 を あぐる を 立身 ミ する は 如何。 四 それ は 士道の 吟味 無 案內の 害な り。 S0 商 立身。 四ー 諸侯の 渡り奉公 人 を 敬 ふ 故、 士道 汚る. - 理由。 …四 二 二君に 仕 ふろ を 不正 ミ すれば, 百 里奚は 如何。 …四 三 百 里奚は 名利の 欲心な し。 四 三 士道の 吟味 は 如何すべき か。 s 四 晨 儒の 心事に て 吟味すべし。 世に 武篇 の嗜を 士道 ミ いふ。 明德を 明に する を士 道ミ すれば、 世に 士道 を 心得た る士 はなし。 四-五 明徳 は 我々 の 本心な り U これ を 明かに する が心學 なり" S 六 武篇は 忠孝の 一 色な り。 忠孝の 人 は必す 武篇强 し。 四 八 揚 香の 故事" 四 八 下 卷之末 一 問、 狂者 ミは何 か。 答, 道體の 高大な ろ を 知って, 精微 中庸の 密を 悟ら ざ る もの。 …: 二 問、 狂者の 中に 敎の 後世に 弘 まろ ミ弘 まらざる ミ ある は 何故か。 答、 聖人 は 日の 如し、 狂者 は屋の 如し、 聖人の 世に出で たる 狂者の 敎は 日中の 屋の 如く 弘 まら ざろ なり. 天竺 は 聖人の 敎な き戎國 なる 故釋迦 の敎弘 まる。 一一 一 釋迦 S 钗は 勸善懋 惡の爲 なれさ も、 戎の 風俗 を 本 ミ する 故、 偏狂な り。 m 狂者 ミ佛ミ 見 性 成 道の 位 は 1 なり。 六 四 問、 見 性 成 道の 位 を 凡夫より 如何にして 辨へ 知るべき や。 ミ あれば 先生の 敎は等 を こ ゆる 弊 あるべし。 一一 一四 一 七 問" 淳于 髡ミ 孟子の 問答の 章に よれば、 經 ミ權ミ 差別 あるが 如し。 : 周禮 等の 引用 - 三 社の 託宣。 本朝 は后稷 之裔。 一九 問、 儒道 も 日本に て は 行 ひがた かるべし。 答、 儒道 は 太虚の 神道 なれば 行 はれざる 所な し。 …… 31 儒 書に 說く所 は、 大抵 周 代の 制 なれば、 損益して 行 ふべ し o 四 二 二 o 問、 眞實の 儒道 を 行 ふ 工夫 如何。 四 一一 一 答- 自滿の 浮氣、 名利の 欲、 間 思 雜慮を 除き、 明德の 心 源 を 明かに すべし。 四 一一 一 ニー 問、 今時の 儒者の 出 家の まね をす る は 如何。 四 H 泰伯 事。 筋 もなくて 財を捨 つる は氣 違な り。 …四 V 王 氏の 詩。 四 八 一 一 三 sr 利の 欲 は 捨て やすし、 名の 欲 は 捨てが たかるべし OW0 答, 名の 欲 は 利の 欲より は 潔し。 S しかし 心舉に 志す 上 は 名の 欲 も斷然 斥く べし。 : ニ九 一 人 不レ知 而不, 慍。 w 一一 ニ四 間、 楚 女の 愛 を 求めて 餓死せ し ミは何 か。 二 五 問、 習 染心ミ は 如何なる 心 か。 二 六 ST S 思!! 慮 ミ はいかなる 念 か o 二 七 問、 仙を擧 ベば 長生 不死の 盆 あり• 佛を學 ベば 成佛得 改正 91 翁問签 下 丙 戌 冬 脫の益 あり。 儒道 は 如. Hi 六 答, 長生 不死 も、 成 佛得脫 も 一 心の 工夫な り。 一 一氏 共 に 元氣を 悟りて、 元祌を 悟らす。 故に その 悟の 心 は 中 行の 君子より 下の 狂者な り。 故に 儒道の 悟 は 1 位 上な り。 理會 通の 引用。 二八 問• 全 孝の 心 法 をい かに 受 用すべき か。 孟子、 禮記 等の 引用。 要は 身 を 立て 道 を 行 ふに あり。 身 を 立て 道 を 行 ふ の 要は 明德を 明かに する にあり。 六 一 二 九 問、 身 體髮膚 を 毀傷せ ざるが 孝なら ば、 戰爭 にて 討死 する は 不孝 か。 さ 11 答, 全 孝の 心 法 を受用 すれば 身 首 分裂す る も 孝な り、 受 用せ ざ れば 長命 に し て 病死す ろ も 不孝な り。 六 六 三 〇 問、 全 孝の 心 法を受 用 すれば 聖域に も 到るべき か。 I 一 ra, 舉 問の 本 窓 世に 明かなら ざる は 天下の 不幸な ろ は 如何。 ir さの み 名利の 欲な き 人の、 道に 志し 學問 をして 異 翁問签 下 丁亥 春 1 問, 今時、 さ を說 めば 德な くても 儒者 ミ 呼ぶ は 誤な るべ し。 七 四 IT 一 文 不通 にても 明德を 明かに しうべし ミ言 へば、 畢問 せす しても 宜しき や o 八 翁問签 上 丁亥 冬 I 問、 人 SI I の顒ひ 求むべき は 何 か。 三 二 iT 人 間第ー に 恹ひ捨 つべき は 何 か。 三 三 問, 苦 を 去り 樂を 求む ろ逍は 如何。 一一 一 風に 陷るは 如何。 二 答、 謙の 心 不足せ る 故な り。 一 一一 〇 齊 人ミ魯 人 ミ戰 ひ、 冉 求の 力に よりて 魯人 勝ちた る 故事 ミ その 評。 四 答, 舉 問は讀 書に 限らす。 八 書物 は 道に 進む 初 門な り。 九 六 問、 唐土より 渡りた る 書 際限な し、 皆讀 むべき か。 10 八 問、 十三 經も 多し、 その. s: 一 一 一 卷を舉 ばん ミな らぱ、 何を讀 むべき か。 一 四 問、 學問 にて 苦 を 去り 樂を 求めうる 道理 如何。 三 答、 人の 心 は 安樂に して 苦な し。 苦 は 人の 惑より 起る。 三 五 問、 皆 人 は 貧賤 を苦ミ し、 富貴 を 安樂 ミ す。 然るに 苦 痛 は 心に あり ミは 如何。 三 翁 問答 解題 並 凡例 解 題 翁 問答 は 中 江藤樹 先生の 眞著 どして、 疑な きもの、 一 なり。 その 內容は 先生の 著述 中、 少く VJ も國 文の 著述 屮、 最も豐 富に して、 又 先生の 著述 中、 最も 自重され しもの、 一 なり。 かつ 古來、 先生の 著 述中、 W に 最も 廣く讀 まれし もの、 一 なり。 著作の 年代 V」 由來 どに ついては、 慶: 「三年 版の 翁 問答の 改正 篇 g の篇 首に 附 したる 門人の 序文 によりて 明確な り。 これに よれば、 先生が 伊豫より 近 江に 歸られ し 後に て、 伊豫の 門人 等が、 敎を請 ひ、 惑 を 解くべき 道を絕 たれた る 故、 假名 書に て 然るべき 書 を 書きて 與へ 給へ ビ望 みし 時、 之に 應 じて 宽永 十八 年に 上下 各" 二 册卽ち 四卷を 著作せられ しもの、 この 書な り。 時に 先生の 年 は 三十 四歲 なりき。 但し 本書 は宽永 十八 年に 執筆 を 始められ しか、 或は 前より 起稿して、 この 年脫 稿した るか、 或は この 年に 書 始めて、 この 年に 完成した るか、 右の 序文に て は 明確なら や。 この 序文に よれ X. この 無名の 執筆者が 平素 學 問に 志し、 常に 明哲の 先覺を 求めた るに、 偶.. これ を卒ほ すれば、 天 君 ど体充 どの 問答 を 籐樹が 筆記した る もの、 如し。 され ざ、 史上、 藤 樹カ天 君 どい ふ 人 を 師ど舉 じたる 事 を 全く 傅へ す、 且天 君. 体充ど いふ 名は餘 りに 理論め きたる 名 なれば この 二人の 名 は 島 有 架空の 人物ら しく 思 はる。 又、 他人の 問答 を 傍よ. - 筆記した る ものなら ば. そ レン 原因 は、 元祿 十五 年、 幸 島 宗葸の 著して 上ォし たる 「倭 版 書 鐯考」 の 記事 を 襲用した る爲 なる べし。 倭 版 書籍 考には 上下 ニ卷、 今の 刊本六 冊に 分つ、 江 州の 隱士中 井 與右衞 門 作な り、 中 井 氏 死後 二三 年經 て、 慶安 1 二 年の 比、 中 井 氏の 門人 校正して 版行す。 ど あり。 この 記-事 も 誤 多し。 か 、 る 不明瞭なる 書 を本ビ して、 幸 島宗意 が藤樹 先生の 傳記を 調査した る 故. 先生の 卒去の 年 も 正確なら ざり しなり。 從 つて 漠然 「死 後 二三 年」 ど 書きし ものなる べし。 佐 村 氏 はこれ を承繼 せし なり。 この 矛盾 を 調和す る 一法 どして、 天 君 を藤樹 自身 ど し、 体充を 先生の 門人,、」 し、 この 二人の 問答 を 他の 門人の 筆記した る もの V」 考 へうべし。 その 解題 は 次の 如し。 本書 浚 安三 年 版 を 採取す。 , 倭 K 書籍 考は、 藤樹 及び 翁 問答に ついての 硏究 不備な りし 爲、 卷 首の 序文に ある 天 君 ご 体充の 問答 なる 一件の 意味 を 理解せ ざり しなり。 然 らば 績々 群 書類 從に 於け る、 藤樹 及び 翁 問答の 硏究の 程度 如 何。 四 年 版 は、 改 正 篇 以外の 本文 を 五卷に 分け、 改正 篇 V」 もに て、 六卷ビ なるな り。 續々 群 書類 從は、 更に 改正 篇を三 卷に 分ち し を 以て、 八卷 になるな り。 慶安 三年 版 は 本文 四卷 にして、 改正 篇 V」 も五卷 なり。 か、 る大 なる 誤 ある 限, 右の 解題 も、 あまら 價値を 附し難 かるべし。 かつ 天 君 を. 言 は. 問 自答 なり。 問答 式 を 用 ひられ し は、 讀 者の 理解 を 易から しめんが 爲 なるべし。 ft: 問自答 ど すれば、 j 步を 進めて 天 君 ど 体充ど は、 人間 精神の 二 面 を それぐ 代表せ る もの ビ考へ て も, 敢 へて 不可な きが 如し。 」 ど あり。 これによ つて、 天 君に よりて 心 を 表し、 体充 によりて 氣を 現さし め しもの なるべし。 殊に 心 を 天 君なる 語に て 示す こ ぐ」 は、 藤樹 先生 自ら 屢 I 用 ひられし 事な, 9。 例へば、 r 經解」 書名 の 「誠意」, ヒ題 する 文中に、 意 者 凡 心之赏 体、 好惡之 P 滞 於 物,、 是非 之 素, 1 定於迹 1 者、 所謂 適莫此 也。 以 fe 爲-主 將-、 攻 II 伐賊巢 1、 則 意 我之奸 雄不, 能, 出, ニ籌 I。 依,; 著 這ェ 程 1、 而無 11 問 斷-、 則 鬼 窟復: :靈臺 1、 賊巢 倣, 1 安宅 1。 天 君 泰然、 五官 敬 事 云 々。 ヾ J あり、 又 「雑 著. ど 見 ゆ。 先生の 書簡 中に も 屢,. 天 君の 語 を 用 ひたり、 例へば 「答 一一 佃叔匚 なる 手紙の 中に も、 邪念 雜念は 習 心 習氣の 妄動に て 候へば、 天 君 泰然 たれば、 いつ どなく、 無くなる 物に て 候。 ど あ, 5。 これらに て、 先生 自ら 天 君 を 心 - 解せられ しこ V」 明かなる べし。 藤樹 先生 はこれ を轉 用した る ものなる べし。 かく 解 すれば 天 君 ど 体充 どの 問答 は、 藤樹 先生の 心ど氣 V」 の 自問自答 にして、 翁 問答 は藤樹 の著ヾ 」 なり、 卷 首の 著者の 自序 ど 改正 篇の 門人の 序文 ど は 何等 矛盾す る听 なきな り。 三 さて 先生が 本書 を 著作され し 頃 は 陽 明 學を旣 に 十分に 硏究 されし 後なる か、 否らざる か。 この 點に -0 S; 問答 解 超 並 凡例 五 IW 樹 先生 令-集 卷之 二十 二 六 ついては、 古 來颇ろ 論難の 存す る點 なれ,,、」、 本書の 內容 より 見る に、 先生が 朱子學 より、. 陽 明 學へ遷 られつ、 ある 過渡期たり しもの 、如し。 がくもん によって、 保 合して、 よく まもりお こな ふ を 賢人 ビ いふなり。 孔子 K 世の やみ を 照さん ために、 此 たか. らをも V」 め まなぶ 鏡に、 孝經 をつ くりた まふ どい へ V- も、 秦 の 代より このかた、 千 八百餘 年の あ ひだ、 十分に よく まなび 得た る 人 まれな り。 今大 明の 代に い たって、 此經 をよ く 尊信 表 章す る 人お ほし。 ヾ j ある は、 陽明學 派の 人々 を 指せる ものなる べし。 又 下卷之 本に、 聖人. 賢人-英雄. 奸 雄の 差別 を說 き、 併せて、 これらに 屬 する 人々 を數 人、 實例 どして あげたり。 その 中に て、 陽 明 を 賢人の 中に 計上 したれ V- も、 程 朱 派の 人 は 一人 も あげす、 况ゃ 聖人-英雄. 奸 雄の 中へ は、 尙更數 へや。 かく 陽 明 を 尊 信す るに 反し、 程 子• 朱 子を擧 げざる は、 陽 明學を 程朱學 より 以上に、 評價 せられた る爲 なるべし。 され V -、 E1W 學に 入りて、 日尙淺 かりし 爲 にや、 良知 V」 いふ 語を殆 V- 用 ひや。 良知 ど いふべき 所に は、 大抵 孝德 又は 明德 V」 言へ り。 殊に 致 良知 V」 いふ 語 は 全く 見當ら や。 致 良知の 代りに 明々 德 なる 語 を 繰返し、 使用せ り。 又 引用文に は 程 子. 朱 子等、 宋代學 者の 語 を 多く 用 ひたれ ざ、 陽 明の 語 を 直接に は 全く 引かす、 王 氏の 詩 を下卷 M 末に 引き たれ ざ、 陽 明に は あらざる やうな り。 畢竟、 まだ 陽 明學の 素苍淺 かりし 爲 なるべし。 慶 安三 fe. ざり きつ 更に この 著 は、 その 文 や、 激越に して、 圭角銳 きもの あり。 殊に 孝に. ついて 說く所 特に 多く、 孝 宇を播 弄する の迹 著しく、 又 儒佛を 比較す る 所の 如き、 その 論 確に 偏 辟な り。 先生 自ら この 缺點を A 覺 されければ、 改正 を 志して、 門人に さへ 廣く、 筆寫 する を 許さ ざり しなり。 その 顚末 は、 改正 篇 の 門人の 序文 中に 詳說 され たれば、 煩 を 避けて、 こ、 に 引證せ や。 仰 も、 先生が 朱 子學を 捨て、、 陽 明 學を宗 どせられ し 根本 原因 は、 朱 子學は その 所說、 煩瑣に して、 形式の 末に 拘泥す る 所の 多き を 避けん どした るに あり。 聖賢の 遺 法 を 機械的に 守り、 格 法の 迹に 泥む は、 不正なる 事に は あら ざれ V- も、 これ は 末の 修養に して、 その 弊 はや、 も すれば 本心の 存養を 忘る 、に 至る。 恐 は 世に 益な ふして、 損 あらん。 g ぽ g 」o 事 法に 泥む を誡 めつ、、 しかも 先生 自ら、 弊 を 憂 ひ、 世 を 救 ふの 一 7 a? 兩 者に 若干の 出入 あり。 これ も 翁 問答の 度々 修補され しー證 なり。 今 右二 本の 出版 由來を 考究 せんに、 先生 自ら は その 生前 中に、 出版 せんどす る 考の無 かりし 事 前述 の 如し。 先生 は 之 を 聞いて 驚き、 種々 交涉 して その 板木 を 破 却せ しめられぬ。 8 例の 改正 篇の 序に は 愛に 癸未の 年 梓 人の 手に もれて 旣に ちりばめし を 幸に 早く 知て 是を やぶりぬ。 その後、 出版 先 は 無益の 失費 をせ しこ V」 を慨 きけ る 故、 先生 は その代りに 前より 起草せ し 「鑑 草」 を提 供して、 その 書肆 をして 出版せ しめられたり。 これ 實に正 保 四 丁亥 年 四の 事な り。 鎞草 出版の 始末に つき、 慶安 元年の 春 三月 十九 日 に 池 田與兵 衞外數 氏へ 宛てられ たる 書簡に よって、 之を審 にす る 事 を at. 其故ハ まへ かざ 書 申 候- もの 一一 候へば、 われら 氣 一一 不入處 あまた 御座 候。 かきな をし 可 申覺悟 御座 候 故に 候。 此故其 元へ も不進 候き。 やぶり 巾 板 やそん まいり 候て、 迷惑 仕 旨 こ- y」 わ, 5 申 候-一 付、 女中 方 ノ勸戒 にど、 迪 吉 錄の ぬき 書に 評判 を かきたる 書 を 鑑草ど 題し、 前 かざより 御 ざ 候 を、 かの つぐり ひに 板 行 仕せ 中 候。 いまだ 京に て は ひろくう り不 , 5. 御 なぐさに V」 一 部お くり 進 候。 御 覽可被 成 候。 三 綱行责 な ざの ぬき 書、 評 は 鄙夫ノ 愚案に て 御座 候。 S 尙今 n 藤 B 書院に、 翁 問答の 草稿 ど稱 する 小幅の 掛軸 あり。 鬆 敗? 訂正 改竄 頗る 苦心した る 原稿に して、 そ の笨は 先生の 異筆ど 認めて 可な り。 ごく 最初の 翁 問答に は、 か、 る 一節 も ありし もの か、 或は 他 書の 草稿 を 誤り 傳 へたる か、 今: n より 確定す る こ V」 は 到底 不可能な り。 翁 問答 も か、 る 苦心 を經て 作られし ものなる べし。 五 その後、 先生 卒去の 年の 翌年、 慶安ニ 年に また 私に 出版した る もの あり。 慶 安二 S 年初 冬 上旬 丁子 星 仁 兵衞, ど いふ 奥 書 ある もの 之な り。 舊師の 門人 等、 驚いて 讀 むに、 最初の 草稿 本の 轉寫 本に して、 その 精 撰 本に あらや、 まして その後の 改正 を 全く 附加 せざる ものな り。 是を もって 問答 を 出す 事 其 本旨に あらや。 故に 師 卒して 後、 窻 これ を藏 す 然るに、 今年 春 又 梓 家に 洩て、 終に 板 行す。 驚 収て讀 に 乃 草稿の 本に して、 舊 本の 淸書 にだ も あらす。 故に 今やむ こ ど を 得 やして、 こ れ を考訂 し、 且 前後 改正の 篱を 編入し、 並に 其 事 を 叙して、 聊 以て 師の志 を あら はし、 重て これ を 梓に 刻し む。 その 板 行に ついては、 下卷の 末の 終に、 次の 如く 記せり。 果して 然る か。 例へ ば、 二 年 本卷之 I Mltfg が に、 主君 は その 權柄を 決して 大臣に 貸し 與ふ ベから やどい ふ 意味の 所に、 位 刑 賞威惠 の 權柄 をば、 かりにも かし あ づけぬ ものな り。 VJ あ bo 二 年 本に て は、 文意 通暢 なら や。 恐らく、 も ど 伹刑赏 威惠 の權枘 をば 云々。 ど ありし を、 二 年 本の 原本 A; 轉寫 する 際に 誤りし ものなる べし。 又 二 年 本同卷 にて、 三 綱 五 敎を說 く Iff, 人 本 仝 集に ン 好 て 三 九 頁」 父母の 道 は 天性に て、 君臣の 義を かねたり。 a 問答 解 扭 並え 例 一 - 啄樹 先生 仝 集 卷之 二十 二 一一 1 ど ある は、 三年 本の 通り、 「父子の 道」 V」 ある を 正し ビす。 又 二 年 本卷之 二に て、 文武に 關 する 問答の 武逍 の感を 用て、 治む る 文 道 なれば、 ど ある も、 三年; f に 「武道の 威 を 用 ひて 云々」 VJ ある を 正し VJ すべし。 か、 る類尙 少なから す。 しかし 三• 年 本に も 亦 誤な きに 非す。 上卷之 本に、 舐犢を 舐犢ど 誤れる が 如 き y 五 誤 も 若干 存在せ るな り。 二者 は その 行文、 內容に 大差な き 所 も あれ ざ、 或 段に 於て は 大差 ある 事 も あり、 大抵 二 年 本に て、 少し 言 ひすぎ たり ビ思 はる、 所、 や、 穩當 を缺く VJ 見ら る、 所に て大 改訂 を 施したり。 時 どして、 二 年 本に なき 一問 答 全部が 三年 本に 增補 せる あり、 これ は 凡 ベて その 直接 以前に ある 問答の 內容を 補充せ る ものに て、 全く 新しき 內 容の增 加に あらや C 良知の 語が 二 年 本より 三年 本に や、 多き こど 前記の 通りな り。 これらに よって 見れば、 三年 本 は 二 年 本の 成れる 後に 改訂され しもの なる 事、 信 やべき が 如し。 しかし 二者 は 多年 を 隔てた る異 時の 別 作に あらやして 北 ハに宽 永 十七 八 年頃に 成り、 一旦 草稿 を脫 したる ものが、 二 年 本の 系統に して、 久しから やして K に淸 書し 直した る ものが、 三年 本の 系統なる べし。 惟 ふに 二 年 本 は 全く 葬り去る ベ きものに あらす。 三年 本に も、 草稿の 訂正の 仕損じな きにし も 非す。 12 例へば 三年 本 上 卷之末 lilg に に たけく いかつなる を武 用に かいぐし かるべきな ざい へ る は、 VJ ある は、 二 年 本に たけく いかつなる を武 用に かいぐし かるべし なタ」 い へる は、 の 方の 憂れ るに 如か や。 况ん や、 先生の 學歷の 變遷を 察知す る材 料 どして、 二 年 本 ど 三年 本 ど を 比較す る 事 は價値 少なから ざるべし。 これ 本 全集に て、 印刷の 困難 を 忍びて、 兩本を 上下に 對 照して 飜 刻した る 所以な り。 三年 本 改正 篇 門人の 序 は、 や、 二 年 本の 缺點 を、 誇張せ る やうに 見 ゆ。 右 丐人序 「今年 春 又 梓 家に 洩れて」 VJ あり。 今年 は その 終の デ I ト により、 慶安 三年なる こど 明 a 問答 解狃並 凡例 ニー 一 13 ti 樹 先生 全集 卷之 二十 二 一に らかぷ り。 著、 在, 1 其隨筆 中-。 ど 言へ る も、 翁 問答 を 指して 言へ り。 gglgli。 但し 隨 筆,、」 稱 する 著述 は、 その 體裁 頗る 區々 にし て、 一定の 型な し。 翁 問答 は 後お に 屬す。 前記の 如く、 豫 州に 殘 りし 門弟の 依頼に 應 じて、 學問 修養 上の 心得 を 書きて、 1 部の 書冊 V」 したる もの なれ V -、 最初より 全册を 通じて、 內容 を豫定 し、 順序 組織 を 考案して、 肇を BSJ したる ものに あら じ、 先生が 時々 に心づ くま、 に、 書 綴られし なるべし。 大體に 類似の 內容 を績け て- 1 通りの 組辙 をな せ V- も、 十分の 工夫 を 施したり ど は 見えす。 天 君 ど体充 V」 の 問答 を、 傍に あつ て 聞き、 記憶した る點 だけ を書附 けたり V」 言 ふ は、 旣述の 如く、 實 事に は あら ざれ V- も、 偶.. 以て、 本 書の 組織の 十分 整然せ ざ る 事情 を 暗示 せる もの ビ 言 ふ ベ し。 改正 篇の 門人 序に 先師 …… 又 曰 問答 上卷 吾孝經 に觸發 して 筆 を 下す。 ど あり。 この 序の 如く、 實に 本書の 卷初は 全く 孝經に 倣へ る もの、 寧ろ 敷衍せ る ものな り。 本書 上卷 之 本の 開卷 に、 体充問 曰、 人 の 心 だて、 さま 」 述べ、 次に 各 等の 職務 を 略 示し、 次に 五 等の 孝 を 各 等 ご VJ に詳說 せり。 孝經の 模倣 は、 これ 限りに して、 その後 は 孝經を 離れて 思 ひっきの ま、 に 筆 を 運び たれ ざ、 尙 記事 の 前後に 全く 連絡 を 失へ るに あらす。 且又、 孝 を 以て 所說の 中心 どせ る 事 は、 孝 V」 表面 無關 係なる 記 事に 至る も尙 しかり。 卷 末に 至, o. 」 等の 問答 を 設けて、 孝道 を 高調し、 孝德を 讃美 する 事 を 以て 終る。 BT の德を 「時 中の 祌德」 V」 いふな ざ、 神の 字 を 多く 用 ひられたり。 惟 ふに 晚年 先生の 思想 は 頗る 宗敎 的 どなり、 寬永 十七 年 三十 三歲の 時より 每月 一 日齋戒 して 大乙神 を 祭られし こ,、」 傳 へられ、 又 この 年 大乙 祌經を 撰ばん どして 稿 を 半ば 成就せられ しこ ビぁ り。 天道 を も 人格 的に 見て、 右の 如く 神 道、. 神理な ざ 稱 せられし ならん。 我々 人類の 本 原に ついても、 わが 身 は 父母に うけ、 父母の 身 は 天地に うけ、 てんち は太虛 にうけた る もの なれば、 本來 わが 身. 又 曰く、 國所 世界の 差別い ろく 樣々 あり どい へ 共、 本來 みな 太虚 神道のう ちに 開闢した る國土 なれば、 神道 は 十 方 世界み な ひどつな ト れ錢。 VJ 言 ひて、 宇宙に 遍在す VJ 說 きたれ ざ、 又 太虛を 人格 神,、」 見て、 次の 如く 言へ, 5。 卽ち 人間の 生 出る 父母の わざの ご vj く なれ V- も、 父母の わざになる ふに あらす、 太虛皇 上帝の 命 を うけて 天神地祇の 化育した まふ さ. ど 說 きて、 太 虛を皇 上帝 VJ 名 づけ、 又 皇 上帝 は 人倫の 太祖に てまし. 天神 は 陽、 地祇 は 陰に 當 る。 皇 上帝なる 太虚が、 天神地祇なる 陰陽 を 生じ、 天神地祇が 人ビ物 ど を 生じた るな り。 天地の 化育 は、 天神地祇が 皇 上帝の 命 をう けて、 卽ち 、「太虚の 神化」 によって 行る、 ものな り。 天地 は 太虚に 受け、 人物 は 天地に うけて、 生々 發展 する 形式 は 如何に 解すべき か。 天神地祇が 皇 上帝の 命 をう けて 人物 を 化育 するどい ふ 語 は、 生物が 雌雄の 接合に より 生殖す VJ いふ 事實 より 類比した る說明 の やうに も 解 せら るれ V- も、 恐らく は然ら じ。 「本來 わが 身 は 太虛祌 明の 分身 變化」 ど說く あたり は、 ブ " チノ スの說 ける 流出 說に 似通 ひたろ 節 ある を畏 ゆるな り。 かく 宇 苗に 遍在す る 太虚な 人格 的に 皇 上帝 ど 稱し、 人類の 本 原卽ち 太祖 ど 見. 元來 先生の 立場 は 儒道 を 天地 自然の 道ビ 見る 立場 なり。 故に 太虚の 祌逍、 卽ち 儒道な り。 本 來儒逍 は 太虚の 神道なる 故に、 世界の 內、 舟 車の いたる 所、 人力の 通 やる ど ころ、 天の 覆 どこ ろ、 地の 載. 一般の 儒者の 陷り やすき 中華 崇拜 に陷れ るな り。 本書 中、 日本の 書籍より 引用した る 文句 は 改正 篇」 一 の 古歌 を 引ける 外は絕 無な り。 但し、 本書 中に 國史國 文に ついての 知識の 豊富 さ を 示す 例證昆 えざる こど を 以て 直ちに 先生が 日本の 事に ついて 硏究 せられた る こ,、」 少し ど は 言 ひえ ざれ V- も、 支那 中心 を 旨 どせられ たる こど は、 これにても 明 知 しうべし。 我が 國の 神道 を殆 ざ 說 かざる も、 亦 理由な きに 非 や。 木の 种 近の 鱧 法 、 惴近 祭祀の 禮 にあ ひかな ひたろ こ ど あり。 其 上 三 社の 神託の 意義、 儒者の 祌叨 にっか ふまつ る 心 もちに よく かな ひ ぬれば、 本朝 は 后 稷之裔 なり どい へる 說、 まこ ビに 意義 ある こどな り0• 次の 如し。 宮 正 ffi 雖非ー 1 依 wit- あ!; ofi: 憐. 20 后稷は 周の 祖 なり。 季歷、 昌を 生む。 昌は 後の 文 王な り。 聖德 ある を 以て、 太 王、 季 歷を嗣 どなし、 昌に 及ぼさん V」 す。 泰伯ど 虞 仲 ど は 父の 意 を 察 し、 共に 逃れて、 荆蠻に 行き、 身 を 文に し、 髮を斷 ちて 歸ら す。 孔子 泰 伯の 德を稱 して、 「泰伯 ハ其レ 可 レ謂ー I 至德 1 也已 矣。 」 ビほめ 給へ り。 日本 はこの 泰 伯の 後な りビ稱 するな り。 この 說は 恐らく 晋書 卷九 十七 四 夷 列傳第 六十 七に 說 ける ものが 始 なるべし。 曰く 倭人 …… 自謂太 伯 之 後。 , ど。 然れ V- も、 この 說は 支那 人が、 その 四 近の 國の君 王の 系統 を 支那の 聖賢の 後に 附會 せんどす る、 1 種の 自尊心より 起れ る傳說 にす ぎ や。 朝鮮に 於て は、 箕子を その 始祖 ビ稱 す。 箕 子の 朝鮮 入りに ついては 史 記の 宋世 家に 一言の 記事 あれ ざ、 同書 朝鮮 傅に は、 全く 箕 子の 記 事な く、 又 多くの 先 秦文學 中、 一 も箕 子の 朝鮮 入り を傳 ふるもの なし。 箕子 渡鮮の 記事 は、 多くの 學 者の 信す る 如く、 傳說 にす ぎす して、 確證 あり V」 言 ふべ からす-〕 泰伯を 曰 本の 始祖 ど說 くも これに 類 す。 しかも 箕 子の 入 鮮 について は、 史 記に 斷片 ながら も 記事 あり、 漢書 ニニ 國志 之を繼 承し、 古來廣 く、 支那. 八 第一 一、 異端 論 江戶 時代 以前の 儒者 は 大抵 佛を 信じたり。 室町 時代の 儒者 は 法體の もの 多 かりき。 江戶 時代 初期 も尙然 り。 かくの 如. 藤樹 先生 も 佛敎を 攻撃す る こビ、 顿る 激烈な り。 その 說は 主ビ して 本書 下卷之 末に 見 ゆ。 その 大要 は ほ V 次の 如し。 狂者 は 中 行の 下にして、 志大 にして、 修行の 之に 伴 はざる もの、 狷者は 狂者の 下に して、 知 はい まだ 十分に 開發 され ざれ V- も, 信す る こど を 一途に 守る 人な bo 狷 者の 下 は 凡人な り。 藤樹 先生 は釋獰 を 許 由. 巢父 點. 莊子ビ 共に 狂者 V」 昆 たり。 先生 は 释尊を 不道德 なる 人 V」 は 言 はぶれ V- も、 戎の 不良なる 風俗 を 本 V」 して 敎を 立て、 その 德は 狂者なる 故、 立敎の 趣旨 は 良 けれ V- も、 その 敎 たる、 :忠 夬忠婦 を たぶらかす 寓言に して 道 は 甚だしく 偏 僻な, 5。 ? は、 如何なる 標準に よれる か。 その 標準に ついて 先生 は、 世界に 滿ち たる 太 4 神 近 を 用 ひたるな り。 都合の わるき 時 は、 世界 共通の 神道 論を隱 し、 便利なる 時に 十 方 世界 ひ V」 つなる 神道 論 を 利用す る は、 藤樹 先生 ビ して、 甚だ 惜しむべき 態度な り。 評判す ど いふ 基準 を 反復、 詳說 せる にす ぎざる な, 5。 又佛敎 をけ なす 爲に 末代の 比丘の 不埒 を攻擊 する は 卑怯な り。 我が 水戶 藩が 後に 黨爭 の禍に 苦しみた る も、 本 づく所 主に 儒敎 にあり。 末荣の 弊 は、 何にも ある もの なれば、 これ を 以て 佛を 攻擊 する は 片手 落な り。 藤樹 先生が、 翁 問答 を 著作され し 頃 は、 佛 敎に關 する 理解 は 貧弱な, D しが 如し。 先生の 2-i 佛敎 についての 理解の 乏しき は、 前記の 三 社 託宣の 佛敎 による もの 多き を 知らざる 事、 淨土敎 におけ る 惡人正 機の 眞義を 解せ ざるが 如き 例によって、 明か なれ ざ、 尙次に 一例 を 加 へん VJ す。 本書 下卷之 末に、 釋尊は 「みづ から、 その 父淨 飯の 棺を にな ひ」 た り ビ言へ bGV 一 o 然れ V- も、 こ は 佛說淨 飯 王 般 涅槃 經の 記事 を 誤れる ものな り。 恐らく、 先生 はこの 經 文を讀 まやして、 他の 何 かの 本に 引かれた る を 孫 引せ る ものな らん。 右の 經文は 右の 文句の 頭註に 引き たれば、 こ、 に は 省きて 再錄せ や。 改正お の 門人 序に 「先師 嘗曰、 問答の 中、 儒 佛を論 や. 」 ど 先生の 言 を 載せた る は、 莶し當 れりど 言 ふべ し。 九 第三、 全 孝 論 先生の 孝の 意 は、 父母に 事へ、 祖先 を 祭る の 一事に あらす して、 一切の 道を總 括し たる 名な, 90 これに 似た る 思想に、 孝 は 百行の 本、 忠臣 は 孝子の 門に 出づな V- の 古語 あれ ざ も、 皆、 孝 をな す ほ V- の 者 は、 忠節、 その他の 一切の 善行 をな しうる ものな り. y」 の 意な り。 故に 孝 は 道の 總名 に 非 やして、 道の 一 部分た るの み。 論語の 「孝弟 也 者、 其 爲仁之 本 與。 」 は 新 古、 註 を 異にすれ ども、 いづれ にしても この 孝弟 は 道の 一 部な り。 孝經に 「子 曰、 夫 孝 天之經 也、 地之義 也、 民 之 行 也。 天地 之經、 而民是 則 之。 則-天 之 時 I 、因-地 之 利 1、 以順, -, 天下 IO 是以、 其敎不 レ肅而 成、 其政不 レ嚴而 治。 云々」 ビぁ る は、 孝 を 以て 三才 一 貫の 大道 ど 見た る ものな り。 2 S 問答 解 S 並え 例 二 五 BS 樹 先生 仝 IS 卷之 二十 二 一一 六 vj 說 けろ もの、 卽ち 孝經の 右の 文 義に當 るべ し。 熊澤蕃 山の 孝 經小解 は、 その 師の翁 問答の 文 を 利用 して、 ネ經 のこの 文 を 經義行 は 天地人の 三 極の 造の 象な り。 其 外 は 孝の. 一 理 なり。 天に 在て は 天の 道ビ なり、 地に 在て は 地の 迕 どなり、 人に ありて は 人の 逍 どなる。 一 理、 三 極の 道 V」 なりたる 所の 象な り。 ヾ J 解けり。 然れざ も 孝綏の 本義 は 果して、 孝 を 宇宙 本體の 作用 ど 解すべき ものな り や。 曾 子 避. 席 曰、 參不, 敏、 何 足, 1 以知 I, 之。 子 曰、 夫 孝 德之本 也。 敎之 所- 1 由 生-也。 復レ 坐、 吾 語 Z 女。 ど あり。 至 德ど耍 打 h」 は 名 は 二に して、 その實 は ー體 なり V」 解すべき ものなる べし。 し 力 t てこの 至 德要逍 は 前記の 天經、 地義、 人 行に 當 るが 如し。 然 らば 孝 は 本に して 孝よ, 德 そのものに あらや、 從 つて、 孝 は至德 そのものに 非 や。 もし 本 を 造化の 本 體ど解 1 れば孝 は 太虛、 太 極に あたり、 孝の 作用が 德、 從 つて 至德耍 逍 V- 解 せらる、 なり。 先生 は 本 を 本體ビ 解す るな り。 ご あり。 孝經 によれば 右 聞 書の 如く、 孝 V. 先生の 學說を ロハ 紹介 せんどす るの み。 さて 三才 一 貫の 道が 孝なる は 果して 何故なら や。 先生の 證明は 凡て 二 則 あるが 如し。 第 一 則に よれ r i 人類の 大冶, A は皇 上帝な り、 皇 上帝の 道 は 儒道な り、 天道な り。 この 道 を欽崇 し、 その 命 を 畏れ 敬 ひて 受 用すべき ものな- 50 この 始祖の 道を受 用す る 側より 見て、 この 道 を 孝行 V」 いふなり。 第二 則に よれば、 次の 如し。 知 搫ー其親- 也 S 心 上き。 ど あり。 幼兒が 親に 抱かれて、 樂 しく 乳 を 吸 ひ、 安らかに 眠る。 この 幼兒は 意識的に 自覺 こそせ ざれ、 必 やその 心の奥に、 親の 慈愛 を 十分に 享樂 し、 自己の 全 生命 を 親に 委ねて 疑 はざる なり。 この 安心に は 少しの 疑 もな し。 親の 愛 を 信じて 疑 はや。 しかも 他人が 抱けば、 大抵の 子供 は 泣き、 或は 厭 ふ。 所 一一 不, 慮而知 I 者、 其 良知 也。 藤 樹 先生の 書簡 中に、 答;: 岡 村 子 一 ご 題す る もの、 一 に、 母の 胎中 にや V- り 候より 二つ 三つまでの 母の 苦勞の 恩愛の 恩な ざつく ぐ ど 思 召、 孩提 より、 こ のかた 習 染る心 V- も を 除去、 赤子 孩提の 時の 心、 此內 にあり ど 能 御 体認、 赤子 孩提の 愛敬の 心 を 御 見 付 候て 云々 趋競ー ー册 0 V」 あり、 この 「父母 を 愛敬す る を 本 どし、 おしひろめて、 餘の 人倫 を 愛敬し、 道 をお こな ふ を孝ズ 云、 翁 問答 解 超 並 凡例. J いふ。 P1;ls 」 な bo 签し、 孟子に 「大人 者、 不. 失 一一 其 赤子 之 心-者 也。 s」 ど 言へ う。 この 弋人 は 新 註に て は、 聖人 を 言へ る もの なれば、 幼 兒の親 を 愛敬す る 心 を 失 はすして、 純一 無 偽の 本然 を 全うし、 是 を慷充 すれば、 知らざる 所な く、 能 はざる 所な き 底の 境涯に 至る を 得る ビの 意味な り。 J れ卽ち ネ德 をよ く慷充 しえ た る の 謂に 外な らざ るな り。 然 らば 孝 VJ 明德ど 良知の 三者の 關係 如何。 前記の 如く、 幼 化の 親 を 愛する 孝心 は 良知なる こど 明かに して、 又 翁 問答に 畢竟 は 人の g 德を あきらかにす るが 孝行の 本意に て 候 C? I51 本。 ど あれば、 孝行 ど W 德 V- は 趣旨 を 同 一 にす る もの、 致 良知、 明々 德、 孝行の 三者 は 同一の 逬 なり どい ふべ し。 しかし 仔細に 考 ふれば、 谷々 些少の 差 あ, 50 孝 は 宇宙の 大本に して、 明德は 人性の 特稱な り。 人の 性 は 太 極た る 孝より 心に 得て 不滅 不味なる ものなる 故に 明德 どい ふ。 而 して 人が 明德を 明か にす る,、」 孝 を 行 ふ V」 は、 その 槪念 全く 一 致す V」 は 言 ふ ベから す。 叫 fe? u 知 どに ついては、 ド卷之 末に は 次の 語 あり。 ; :2W なる i、 祌 明に 通じ、 六合に わたる どい へ ざ も、 約 どころ の 本實は 身 をた て を 行 ふに あり。 翁 問答 上お 之 末に 曰く、 元來 文武 は 一 德 にして、 各 別なる ものに て はなく 候。 天地の 造化 一 氣 にして、 陰陽の しゃべ つ あ る, ビ く- 人性の 感 通ー德 にして. しかる 故に、 戈 を 止 どい ふ 二字 を あはせ て 武の字 をつ くりたり。 文 道 をお こな はんため の 武道 なれば、 武道の 根 は 文な り。 武 近の 威 を もちいて おさむる 文 近 なれば、 文 道の ねは武 なり。 そのほか 萬 事に 文武の 二 はは なれ ざる ものな bo 中略 o 文 は 仁 道の 異名、 武は義 道の 異名な り。 仁ど義 はおな 匕く、 人性の 一 德 なる によって、 文武 もお なじく ー德 にして 各 別なる ものに あらす。 文の 德は 仁に して、 その 藝は 文學. 數等 にして、 文德の 枝葉な り。 御 等に して、 武徳の 枝葉な り。 根本の 德を 第一 に 勉め學 び、 枝 葉の 藝を 第二に なら ひ、 本末 かね そな はりて、 文武 る を 得す。 兩本 ども、 1 枚の 行數、 各行の 宇數は 全く 同じき 故、 かく 一行 づ、 繰卩 ぐる どせば、 最終の 紙の 最終の 行まで、 この 繰 ドを行 はざる ベから す。 もしし かく 繰卩 げたる 時 は、 行 數の增 加す る だけの 事に して、 他に 特 殊の問 题は發 生せ ざるべし。 され ざ かく 二十 餘枚も 一行 繰 下ぐ る は、 三年 本通りに 模 刻す る刻ェ ビ し て、 可な り、 苦しき 事な りし ど 見えて、 四 年 本 「下 卷之末 之 末」 の 第二 枚 卽ち 三年 本 「下卷 之 末」 第二 十九 枚 の 裏にて 繰 下 を 中止した, る ものな り。 中止 すれば、 必す 一行 を 減せ ざるべ から や。 前記の 如 く、 兩 本の 各行の 宇數 は、 同樣 なる 故、 一行 少く する 爲に、 もし、 字 を 小さく して、 一行の 字 數を增 加 すれば、 文の 赏 質に は變 化生せ ざれ V- も、 四 年 本の 彫工 は、 か、 る 苦勞を 避けて、 四 年 本 第二 枚 裏 第 四 行 を、 悉く 削り 去りた るな り。 これ を具體 的に 表示す る爲、 三年 本 第二 十九 枚 裏 四 年 本 第二 枚 裏 を 次に 引用すべし。 第一 なり。 しかるに 佛者は 神明 を 信仰す るを雜 行雜修• ぶる 一、 レ o 三牟 本、 四, 本ン なる へし 第 四 行 I 削除 o 体充問 日、 先生の 敎 を承屆 候へば、 儒道 は 近理の 至極し… 舞 42 「なるべし」 の 四 字 は、 文意よ b 言へば、 大して 重要なる 語に は 非 ざれ Vj も、 任意に 削除す るこビ は、 模刻 どして 不忠 實な り。 四 年 本の 「下 卷之末 之 末」 の卷 尾に 奧書 あ, 5 て 慶 安四 曆 初春 VJ 發 行年 を 記せ ざ も、 發 行者 を 記さ や。 この 奧 書の 字 も、 「四」 の 字 以外 は 三年 本の 通りな り。 發行所 を 示さす、 妄りに 模 刻した る は、 只 商人の 射利の 爲な るべ く、 下 卷之末 を 妄りに 分冊して、 一冊 を增 したる もた, H 買 價を釣 上げん が爲 なるべし。 要するに、 慶 安四 年 版 は 古版 なれ V- も 善 本に あらす。 その後、 八 年を經 て、 萬 治 二 年に、 また 慶 一女 三年 本の 模刻 出で たり。 これ は麼 安三 年 本 ど 一 分 一 厘 違 はや。 本文 は 上 卷之本 V」 末、 下 卷之本 V」 末の 四 冊に 分れ、 改正 篇ど 併せて 五 冊な り。 只 表紙の 題簽 にて は 上卷之 本、 上卷之 末な V- 、稱 せす、 犟に r 一 」r 二」 よ 五」 まで、 數字を 以て 卷名 を數 へたる を 異なり どす。 「下卷 之 末」 の卷 尾に 萬 治 二 M 九月 吉旦 柳 馬場 通ニ條 下町 a 問答 解 S 並 凡例 四 三 43 as 樹 先生 全集 卷之 二十 二 四 四 吉野屋 權兵衞 板 " ビ あり。 書名 を 「I 翁 問答」 ど いふ。 奥 書の 字 風 は、 餘程、 本文 V- 差 あり。 或は 萬 治 版の 板木 は慶安 -ニ年 版の 板木 を その ま、 使用し、 奧書 だけ を 刻み 改めた る もの かざ も、 思 はる、 な, 50 十 六 その後 天 保 二 年まで 開 板され たる もの を 見す。 天 保 二 年 は 萬 治 二 年より 百 七十 一 年後れ たり。 これ 一 つ は 恐らく 江戶 時代 中頃に 陽 明 學の振 は ざ し爲 なる ベ し。 天 保 二 年 版の 翁 問答 は 最も 流布-の 廣 きものに て、 或は 數版 ある もの、 如し。 少く VJ も 二種 類 あり。 その上 冊の 表の 表紙の 裏に、 次の 如き 印刷 あり。 下 冊の 卷尾 改 正 篇 の 終 の 紙の-; 裘 一 配に 天 保 二 年 辛 卯 秋 八月 靡 滅補刻 四 五 a? 小 林 新兵 衞が 前記 嵩 山 房の 主人なる 事 は、 この 奥 書の 次に ある 書籍の 廣吿 文中に 見 えたり 磨滅 補 刻 どは慶 安二 年 本の 板木の 文字の 不鮮明なる 部分 を 削り取り、 その 部分に 埋め木 をして 新し く 補 刻した る 事 を 言 ふなり。 補 刻せ ざる 所は慶 安二 年 版 その ま、 にて、 あらゆる 點に變 化な し。 たい 不鮮明に 成れる のみ。 板木 も 同一 さ 思 はる、 ほ V -、 慶安ニ 年の 古版 V」 酷似せ り。 補 刻した る 文字 は、• 右の 奧書ど 同じ 書風に して かつ 鮮明な り。 然るに、 この 補 刻の 部分の 文 言 は、 大抵、 二 年 本 ど 一致 せす。 もし それ、 一枚 全部 を 彫り かへ たる 所 は、 尙更、 差異 多し。 これ は扳下 を 書きし ものが、 原本 を 深く 研究せ すに、 妄りに その 場所に、 當て はまり さうな る 文字 を 入れた る爲 なり。 左に その 極端なる 一 例を揭 ぐ。 第三 卷の終 二 枚 は 全部 新 刻なる が、 その 最後の 文 章よ、 次の 如く 甚だしき 差 あり。 慶 安二 年 本に て は、• は 差 ある を 示す 一体 充曰。 士道の 吟味 は。 いか》 仕た るが。 よく 御座 候 哉 T 師 翁の 曰。 心學 にて。 吟味した るが よく 候。 さなくて は。 正 具の 義理に。 あたら ぬ ものに て 候。 甲斐の 信 玄は。 文學を も。 めされて。 隨 分。 吟味つ よき 大將 にて。 軍艦の 吟味。 正眞の 義理に。 當 たる はすくな しょくく。 体 認 ある べし 天 保 本に て は、 これ を 次の 如く 改めたり。 体 充曰。 士道の 吟味 は。 よく 御座 候 哉 師翁 :3。 儒の 心學 にて。 吟味した るが よく 候。 さなくて は 吟味 o 正眞の 義理に。 あたらぬ もの にて 候。 第一 甲斐の 信 玄は。 文學を も。 めされ 武勇 もす ぐれよ き大將 にて 候へ ざ も。 眞 Hi の 心 は 得 給 はす 仍て甲 陽に て 軍鑑の 吟味。 正眞の 義理に。 當 たる はすくな しょくく 体認 あるべし 問 ど 答の 書き 起しの 「 一 」 の 字が 落ちた る こど、 句 讀點の o の 相違 ある こど は 言 ふまで もな く、 語句に も 餘程差 あり.。 天 保 本に 書 加 へられた る 「甲 陽に て 箪鑑の 吟味」 は 滑稽なる 失策な, 5。 又卷之 五の 第二 十七 枚の 裏の 最終の 一行 は 天 保 本に は 全く 省かれたり。 次の 如く 慶 安二 年 本に ある もの を、 たる。 益 あり V」 知べ し。 性 理會通 日。 生物 之 本。 天地 之. ナ浓 根。 i 具理。 實 氣充, 一 宇宙 一。 而 無き 、歷, 一浩 劫,。 たる 益 ある ど 知へ し 性理會 通::。 易 曰 保 一一 合大 ね 汁 七 枚 根-。 而無レ 餘歷, 1 浩劫, 而 :lmtw 多くの 讀點の 相違、 二つ ほざ 假名の 相違 ある 外に、 慶 安二 年 本の 第二 十七 枚の 第 十 行 は 全く 天 保 本に なし。 故に 他の 紙 は 皆 各 枚 二十 行なる に、 こ、 だけ 天 保 本に て は 十九 行なり。 其れ 以後の 順序 は 狂 ひなし。 これ も 補 刻の 仕損じな. 改正 篇は天 保 版の 原本た る慶 安二 年 本に なき 故、 同 三年 本に よりし 箬 なり。 しかし 天 保 本の 改正 篇 ヾ」、 三年 水の 改正 篇,、」 は、 一枚の 行數 も、 一行の 字數 も、 彼此 一致せ や。 書風 も 異なり。 ま、 語 句 も 異なり。 さり V」 て 天 保 版に て 新しく 彫刻した るに 非す。 また 天 保 版本 文の 補 刻の 部分に 比して、 印刷が 不鮮明な り" かつ 改正 篇中 にも 所々 補 刻 あ り。 慶安四 年 版、 お 治 版の 改正 篇は慶 安三 年 版 ご 等しき 故、 天伥版 改正 篇の 原版 は、 今まで 說 明した る 以外の 版なら ざるべ からす。 i したり。 それに よれば、 右 書店 は 柬釵山 寬永寺 御用の 書籍商に して、 星 號を靑 雲 堂 V」 いふ。 但し 廣吿 はお 文藏 製の資 藥 の廣吿 ど、 取次店の 所 ど 店 名 ど を 列記した る だけにて、 書籍の 廣吿 はなし。 卽ち卷 之 一 を 第一 冊に、 卷之ニ を 第二 冊に、 卷之三 ど 四 を 第三 冊に、 卷之五 VJ 改正 篇どを 第 四 冊に 收め たるな り。 その他の 事 はすべ て 第一 種 ど 等し けれ ば、 全然 同じ 板木なる べし。 恐らく、 いづれ か 一 方が、 他の 板木 を讓り 受けた る ものなる べし。 いづ れが始 の ものにして、 いづれ が 後の ものなる か確實 なる 判定 は 不可能な り。 十 七 藤樹 先生の 學德 世に 名高く して、 その 翁 問答 も 幾多の 模 刻.. 爯刻を 生じた る 程 なれば、 この 書の 廣 く讀 まれた る こ ビ、 推して 知るべし。 その 爲 なるべし、 江 時代の 末に 至り 翁 問答 を拔 書した る もの も 若干 出版 せられた bo 本 全集 本 冊に 載せた る籐樹 先生 精 言、 文武 問答 は、 その 有名なる ものな り。 二 書 それ ぐの 解題 は、 別項に 讓る。 尙岡田 氏の 全書、 篠原 氏の 全集に 翁 問答 を 收錄せ や。 蓳し、 木 版本に て 世に 行 はれた る爲 なる べし。 明治 以後、 飜 刻せられ たる もの 凡そ 五 種 あり。 全書 は 十 冊より 成れる が、 翁 問答 は その 中、 第 八、 第九兩 冊に 收 めら れ たり。 四 六 版 型 活版本に して、 本文 四號 活字。 明治 二十 六 年 五月、 京都市 烏 丸 三條上 ル點 林堂發 行に か 、 る。 E し 二 年 本 は 平 假名なる に、 全書 本 は 全部 片 假名な り。 天 保 本の 如き、 妄りに 加へ たる 削除、 入れ かへ、 改竄 はな けれ ざ も、 讀 易く する 爲か、 二 fe. 本の 名 を 多く 漢字に 當て はめた るに、 「理」 ど あるべき を 「利」 V」 なし、 「易く」 ど あるべき を 「安 く」 どす るな V -、 無理なる 當て方 も 少なから す。 「てにをは」 の 「を」 は 大抵 「ォ」 どなれり。 或は、 か、 る 風の 古寫本 ありて、 それに 據 りしな らん か。 誤植 はや. 多 きにすぎ る やうな り。 內容 上、 一箇所、 二 年 本 ど 離れて、 三年 本に 據れる 所 あり。 三年 本 は 三枚 半餘に 跨れる 詳細なる 答 ある 故、 この 章 だけ は、 此の 全書 本 も、 三年 本に よれ, 5。 改正 篇 まで• を、 全 寄 卷之 九に 收 めたり。 卷之 八に 於て は、 翁 問答の 卷別 を: i. にし、 「卷之 一 」 「卷之 二」 ビ、 それ ぐ 明記した るに、 全書 卷之 九に て は r 卷之 四」 「卷之 五」 等の 卷別を 明かに せす、 卷之 四より 改正 篇 まで を、 凝け さまに 印刷した る は、 極めて 不注意な り。 第二 は 日本 倫理彙 編 第一 卷所收 の ものにして、 初版 は 明治 三十 四 年 五月 發 行なり。 その 解題に よれ vt、 お に 流布す る 天 保 二 年刊 行 本 は 誤謬 多き を 以て、 今 其慶 安三 年刊 行 本、 及び 同 四 年刊 行 本に よ ,5 て飜 刻せ bo ど あり。 但し 原本の 振 假名 を 省き、 原本に 無き 句 讀點を 加へ、 原本に は 新しき 問の 上に 〇 を 加へ たる をお き、 设安ニ 年 本の 如く 一 問 一 答 必ゃ行 を 新に して、 讀誦の 便 を はかれり。 多少の 誤植 ある を 免れ 第三 は國書 刊行 會發 行の r 續々 群 書類 從」 第 十敎育 部に 收め おる ものな り。 明治 十 年 二月の 發, 行な KVO その 解題に は慶 安三 年 板に よる ビ 明記し たれ ざ、 實は慶 安四 年 板に より、 その 缺はを その ま、 踏 襲したり。 一問一答 必ゃ行 を 改め、 句 讀點を 加へ たる は彙編 本に 同じ。 問 ご どに、 その 頭に 〇 を 加へ. この 書 も 多少の 誤 恤 あり。 お 四 は 有朋堂 文庫の 「中 江 藤樹义 集」 所收の ものな bo 天 保 二 年 板 を その ま、 飜 刻したり。 振 假名 をつ け、 句讀點 を 整理し、 假名 遣 を 幾らか 整頓した る 外 は、 原本の ま、 なり。 誤植 少し。 しかし 底本 が 最も 俗惡 なる に、 本文 庫本 も、 底本の 過誤 を その ま、 踏襲した るは惜 むべ し。 大正 三年 一 月發 行。 單行本 どして は、 井上哲次郎 博士 校訂に て、 藤樹 先生の 他 著、 大 學考ヶ 添加して、 刊行した る もの あ り。 明治 四十 三年 九月、 束京廣 文堂發 行に か、 る。 しかし 編者 は 井上 博士に あら ざれ ざ、 署名な し。 某氏 翁 問答の 筆寫 本を藏 せらる、 を 聞き。 借覽 閑に 任せ て 筆記せ 後 恩師の 所藏 にか、 る 翁 問答 ど對 照せ しに 全く 一 致せす。 聊か 正否 を 判す るに 苦しみ。 此 頃文學 博士 井. 博士の 懇? る f 薹を披 If 檢 して 以て。 句讀は 施されず。 問の 始の 「 - 」 も? なし。 但し 卷の わけ 方 は、 二者 一致せ ざる 故、 三年 本 を 以て、 本 全集の 卷數を 計 へたり o 、 10; 文の 賓 字. 假名に て飜 刻す。 漢字の 略字、 異體の 字 は 活字に て 表しうる 限り、 成るべく、 そ G ま、 飜 刻した, 9。 その 甚だしき もの は 上欄に 一 々註記し おけり。 儀 論-. 寤寐は 原文に て は. L 冠の 代りに、 穴 冠 を 用 ひたれ f も、 活字 使用の 侬利 上、 本 集に て は. L 冠の 字 を 用 ひたり。 又、 行 草書 を 凡て 楷書の 活字に 改めた るこビ 言 ふまで もな し 、 假名 は變體 假名 を、 全部、 普通 字に 改む。 次の 如き 連 字の 假名 は 成るべく その ま、 飜 刻す。 S 本書 は 「み : の 假名に 「E-」 の 行書 を 用 ひたる こど 多し。 但し 見事 を 「見-ど」 ヾ」ャ!!1 ける が 如き 場合 は、 漢字 か、 假名 か、 今 俄に 判定す ベから や。 假 りに 假名,、」 見て 活版に 附 す。 一、 慶安 三年 本に は、 句讀點 を 全く 加へ ざれば、 今、 讀 解の 便 を 計らん が爲、 校訂 者の 意 を 以て、 句讀 點を 加へ て飜 刻す。 同 二 年 本 は 讀點を 加 ふべき 所、 句 點を加 ふべき 所の 別な く、 すべて。 但し 原本に は、 段落の 終 は、 讀み づらき 事の なき 爲 か、 一切。 を 省け り。 水 集 も 之に 從 ふ。. 又 原本 は 段落の 中 にても 文の 終の o を 省け る こ V」 多し。 5- るが 普通な り。 本 集 にても 之に 從 ひたれ V -、 成るべく は。 の 位置 を 一宇 あけて、 讀み 易から しめん どす。 1、 假名 遣 は 原本 は减 めて 亂雜 なり。 甚だしき は、 語の 上の 「わ.. I を 「は」 にて 表せる もの も あり。 例へば 「笑 ひ」 を 「はら ひ.. - ど 書け り。 凡て 原本 通り、 活版に 附し、 特殊 なる もの は 上欄に 注記したり o 一、 送 叚名も 原文 通りな り。 1、 お 昔に 對 しき 本に は、 濁-せ を附 したる も、 附 せざる も あり。 今、 本書、 その他 先生 著書の 用例 を. 半 濁點は 原文に は 全く 無し。 次に、 今日の 發音 V」 や、 異ミ淸 濁 發 音の 例 を 示す ひ ベ r n に 义 は めか 用 に は 衝;. なる もの こん ぼん 根本 ぐんび やう 軍兵 おもん ばかる 盧 、 报 假名 は 原本に 附 したる ものに は 本 集に も附 し、 原本に 附 せざる もの は、 本银 にも 附ォゃ。 振お 名の 假名 遣、 濁點、 半 濁點の 取扱 は 前記に 準 や。 原本の 振 假名に 誤 vj 思 はる、 もの あれ,,、」、 妄りに 改め や。 甚だしき もの は 上欄に 記す。 例へば 詐を詐 ど 成せる が 如し。 徂し 患の 如き は、 明に、 板 下 を 書く 者 か、 木版の 彫工 かの 誤なる べし ど 思 はる、 故、 訂正して 飜 刻したり。 振 假名の 「?-」、「 AJ」、 「共 は 活字 使用の 便宜上 「こど 」、 「ご V」 」、 フ」 も 」 に 改む。 、 頭註 は 新に 起草した る ものな り。 二三 不明の 語 も あり、 全體に 不充分なる を 免れ ざれ ざ、 もどよ b 完全なる 頭註 は、 藤樹 先生 ど 同様なる 學カ あるに 非 ざれば、 不可能 なるべし。 完全なる 頭註 は 到 底予の 如き 者の なし 得る 事に 非す、 不完全ながら も、 讀 者の 請 解の 一 助 VJ もなら ば 幸な り。 、 翁 問答 は內容 多端 なれば、 新に 內容 細目 を 作製し 卷頭 目次の 次に 揭げ て、 讀 者の 便に 供したり。 、 底本 ど 底本 以外の 木版 本 どの 主なる 語句の 異同 は、 本文 中、 又は 頭註に 之 を 明に なしお けり。 s 本 ムに集 初版 刊行 後、 發 兌され たる 翁 問答 は、 編纂 委員の 知リ えたる 限り、 次の 二種 あり。 第一 は 岩波 文庫本の 一 册 として、 加 藤 主任の 校訂 を經て 昭和 十一 年に 發 兌され たる ものな り。 慶安 三年 本 を 底本と し、 活版 技術の 許す かぎ り、 原本に 近く 飜 刻し、 毎 頁 上欄に 内容 見出し、 下 欄に 詳註 を 添へ たる ものにして、 從來飜 刻せられ たる ものの 中、 S も學的 良心 を 以て 校訂せられ たる ものな リ。 特に 卷 頭の 解題 は、 加 藤 主任 多年の 研究 を 要領よ くまと めた る ものに して、 藤樹 先生の 學歷、 その 中に 於け る 翁 問答の 位置、 翁 問答の 内容、 翁 問答 時代 藤樹 先生 思想の 特色、 翁 問答の 諸 木 板 本に 就いて 歷敍 する のみなら す、 特に 翁 問答に 見えた る 先生の 陽 明 研究の 由来に 就いて、 新 研究の 成果 を 示され たり。 年譜に よれば 先生が 陽 明 全書 を精讀 せられた る は 三十 七歲 にして 翁 問答の 著作 は 三十 三歲 なり。 然るに 早く も 翁 問答に 見 ゆる 陽 明 研究の 端緒 は、 果, して 先生が 何れの 道より 得られた るか、 從來は 疑問の 中に 殘 されし が、 加 藤 主 任 は 先生が 三十 三歲 にして 讀 まれた る 性 理會通 を 精査し、 その 中に 小羝數 ながら 陽 明語錄 ある を發 見し、 翁 問答に 見 らろ i 陽 明の 影響の 源 頭 を 明確に 指摘せられ、 先生 學歷 中の 重要なる 疑點を 解決す る こと を 得た リ。 第二 は大 H 本文 庫、 陽 明 學派中 卷に收 むる 所、 文學 博士 小 柳 司 氣太氏 校訂に か ふる。 籙樹 全書に ょリ、 天 保 二 年 本、 n 本 倫理お 編 所 收本を 參考 したる 由、 解題に 見 ゆ。 昭和 十年發 行。 :iI3p や ノネ,, - t. t f.. " 女 ヒ-: 上 estiiK 安二 年 本 G 下段 は 3: 一一 一年 本。 〔几 杖、 肱 かけと 杖、 茭老 几 杖 をと る とは老 者に 通 を あつく する の 意。 3 がくとし おこ t ふ だ-, P. 詖 ぎし しズ。 切 さ. 1- くま fr3 はム ほど 磋 琢磨な。 はげませても。 其 人に わら ざろ かさ o うたが ひ o 明哲の 先 あ もがな ざゥ 寤 寐-」 わすれす。 隣 里に 天 君 ざて。 訪た づれ て" 杖な 取て。 まみへ けろ。 その 法 また 人倫 日用の 受 用に、 たより あ じゅもん し丄 きゃら しん けう ら ざる ゆへ に、 儒 門に 入て、 四書 五經 の眞敎 をう け、 せっさ たく ま ぐ はん 切磋琢磨 を、 はげます vj いへ V- も、 三 隅 を 反せざる ほ 炉 ぐ かい ご じ W く みち V- の 下 愚 なれば, 開悟の 自得 をよ びが たく、 すでに 道 ぐ しゃ にたつべき ビしを も, むなしく うちすぎぬ。 愚者の あ せ ,J かへ つ やまるなら ひなれば、 性の つたなき MJ を わすれ、 却て し はん めいてつ せんかく 師範の、 其 人に あらざる かど、 うたが ひ、 明哲の 先覺 もがな ど、 寤寐 にわ すれざる おりから、 天君ビ て先覺 らうお- フ W も W ひ VJ, おぼしき 老翁 ありけ る VJ, 友の かたりし ま、" 訪 57 本 び れ 禱攆 先生 仝 集 卷之 二十 二 力 o 伯樂 ならねば u の わかち は o しら. され ど い V! b C. 、、」 も o 心に 問べ 異ならす。 1: 下に 体充ミ て 俊秀な ろ 人 有て。 やむ 時な し o 傍 にて 閗 ざい へ. 、、 J JVO 我心の。 SS 憶 にあ, たはす。 Br 7 15. ,, 数多に なり C 心に まもり。 翁 問 答. 琿 聞え がた けれ, W も C 有 近に つねて。 正す ベ さほ. W の〕 こざ なられば。 只 愚者の。 書つ けた き じ やう わががん ゥき はくらく たづね、 几 杖 を VJ りて、 まみえ ける o 我 眼力 伯樂 なら ねば、 骐駑の わかち はしら ざれ ざ も、 威儀い vj けた か くわ こ- フ けん, w ん ぞくじゅ n ラき く、 人 あい 和 厚に して、 謙遜 なれば、 俗儒の 傲氣、 は こうき た 力ぶ な はだしく、 ロ氣 高る にち が ひ、 心なら やした はしく、 いご ま かた いに まも, o 身に おこな ふべき t 一 も、 すこし 開 ご に や-!. u くんし さんせい ばい やしく、 To はりき こえが たけれ 共、 君子の 删正 を も V」 むべ き ほ Vj の 事なら ねば、 只 愚者の かきつけ たる zi 、にして o 翁の 本 窓に o たが ふ 所 U お ほく も ちし 仁とば ろざし i べし o 若よ む 人 あらば o 辞に て 志 な そこな は す ば 我人の 大 幸た ろべき か お な ほんい ま、 にして、 翁の 本 j 思に たが ふ VJ ころなん、 お ほかる もし こご は こ-ろざし べし。 子 曰、 る 先. 'とってい はく K わ; b ム あ P おこな ふところ 一 休充 IE 曰 o 人間の 心• お ぼへ す o 人間 一 生涯のう ち。 至德耍 い へ ろ。 天 下 無双の o 灵資 ぁリ o 此 たからな 以て o 心に ま IUO 病に. つ 造化、 生死、 MJV- め まほし ,バ クタ. - い へ. W も. i ら. f とくし ?めぃ ふ Lsj によりて。 親のう ちの かげ は o 品 々か はれ. 孔子 はんせ. しん, なげかし くお ぼしめ して、 万世の 心• :! 目 を ひらかん ため か- "ごく しんめう ふ しき くわう だい しんえん に、 孝德、 神妙、 不測、 廣大、 深遠に して、 はじめな くお はりな き 神道 を、 孝 經に發 明した まふ。 孝 德の感 通 を てぢかく なづけい へ ば、 愛敬の 二字に つ, まれ り。 愛 はねん ごろに したしむ 意な り。 敬 は 上 をう やま しも ぎ あ. むか ふ もの、 形 V」 色に よって、 か. 行 住、 行く 時 も 住 ,• f 本な ろ 故 lio 本分の 名号. 6 ム 0. 7 I 病ん 、以てい へ は o 耳目の 聰明 四肢の 泰 重0 行 むは e しく 臣下 を あいけい する を 仁 VJ なづ く。 和 順に こ 0- かみ. てい して 兄 を 愛敬す る を悌ど な づく。 正しき 節 を まもりて 夫 を あい じ ゆん ざ つま けいす る を 噴,、」 なづ く。 僞 なく 朋友 を 愛敬す る を 信 ビなづ く。 W to つくしが. W もリ 卞 和が 壁 V なりて。 孝 W に へ ろ も ほか ;. 元来 孝 は。 万劫 な輕 てむ o 終りな く o また 始 なし o 孝の なさ ざ. は0 萬 S. O 物の 內 に0 孝の 道理 そな はら ざろ はなし。 体充 曰、 今 まで はお や をよ くやしな ふ をのみ、 孝行な り ど 存候。 ぞく せんせい あまねく 世俗 さやう に 心得た る ど みえたり。 いま 先生 の をし へ をう け 給り 候へば、 孝 ビ いへ る もの は 外 もな く、 內も なき 無上の 妙理 なり。 まもりお こな ふべき 術• ザん か うづ たい 孝の なき 時な く、 孝の なきもの なし。 我が身 は0 太 虛祌叨 の 分身。 うし な は ざ もん 以て。 人倫 ば ムじ お i お ふ いふ に まじ は リ。 萬亊に 想す ろな。 身 を はなれて 孝な く、 孝 を はなれて 身な き ゆへ に、 身 をた て みちをお こ か 5 れい すな はち な ふが、 孝行の 綱颃 なり。 おやに よくつ かふる も、 則 いちじ 身 をた て 道 をお こな ふ 一 事な り。 身 をた つる ど 云 は、 我 身 はぐわん らい 父母に ラ けたる もの なれば、 わが 身 ぎ ぶ だ 、フ を 父母の 身 ど 思 ひさ だめて、 かりそめにも、 不義 無道 をお こな はす、 ふぼの 身 を、 我 身 ど おも ひさ だめて、 だ いづ- 力 も 大切に 愛敬して、 物 我のへ だてな き、 大通 ぐ はんら い 貫の 身 をた つる 也。 さて 元來 をよ くお しき はめて み J ほ れば、 わが 身 は 父母に うけ、 父母の 身 は 天地に うけ、 ほ 乞ら に てんち は太虛 にうけた る もの なれば、 本來 わが 身 は 太 しんめい ぶんしん へんげ ほんたい 虚祌 明の、 分ゅ變 化なる ゆへ に、 太虛祌 明の 本 鉢 を あ きら かにして、 うしな はざる を 身 をた つる 云 也。 太 きょしんめ S 虚; 1: 明の ほんたい を あきらめ、 たてた る 身 を もって、 じんりん お-.. 4s しム ? r 朋. しかろ 故に。 孝 行の 理ぁ リ。 人間 千々 萬々 のまよ ひ。 主人公な ろ 故に。 卿 太夫 一等。 士 I 等" 庶人 一等。 す ベ みち い. フ 1 1 か、 3 ふ。 かくの どく 身 をた て, 道 をお こな ふ を、 孝行の 綱 おや 颃ご す。 わたくし は 我 身 を、 わが 物 ど 思 ふより おこれ, 5。 孝 は その 私 を やぶりす つ かう ごく ほん ザん る 主人 S なる ゆ へ に、 孝德の 本然 を、 さ? り 得ざる どき はくがくた さい しんじつ じゅしゃ は、 博學 多才な り ども、 眞実の 儒者に あらや。 まして ぐ ふ せう きんじゅ -フ 憑 不肖 は、 禽獸 にち かき 人なる べし。 体充 曰、 孝行に 五 等の 差別 あるに、 いかなる 故にて 御座 候 や。 師の 曰、 人間 尊卑の 位に 五 だん ありつ 天子 一 等、 諸侯 一 等、 けい. 、 夫 孝 始,, 於,:• 物つ くリ か。 おしなべて C 庶 人の 位な リ 孝德 は。 同 一 鉢 なれ ども。 位に よりて。 孝德は 大海の ご どし J 五 等の 位 は。 人間の 位。 五 等の 外 はな き ゆへ に。 み か, の 農工 商の 三 はおし な ベて、 し は 天下 をし ろしめ す、 御門の 御く らゐ なり。 物 作 を 農. 、」 いひ、 しょくにん を ェビ 云、 あき 人 を 商 ビ 云 A しょじ. 庶 人の くら ゐ なり。 むかし 梁 人の 御 代に は、 人 問の くら ゐ五 等の ほか はなき ゆへ に、 五 等. はつめい か, フ けいはつた ん しゃう よ の 孝を發 明し 給 ふ。 体充 曰、 孝經發 端の 章に、 餘の じんりん なかごろす r かふ まつる に A? リ でん ごき 人倫 をば あげ 給 はで、 中 n 於 事,, 君ビ、 忠の 一 典を說 たま ふ は、 いかなる ゆへ にて 御座 候 や。 於 事 k、 爾 9K 加. 孝德 Q 萬 事。 萬 物に。 感通 す る 化 W なして o 兄弟。 夫婦 o 朋友の 道な o その へん ま うちに ふくみ か C たリ o 孝 蜣の篇 末-,. S 明し 給 ふ. 愛敬の 孝德な 天下に あきらかにするな。 人の 手本 2 な リ o 苜菜 つ... , あだならぬ やう- J. O よくつ、 しみ 君の ため G 天下の ため o 國のた めの みおも ひ 入 o 我 わ 》! li と そん つかい o ffi. P 耍の US 法。 藝 能な. wo ぅミ くしから す o 軍 陳. 士 の 孝行の。 よくつ 、しみ。 公 戗な おそれて 法度に そむかす 我 身 o 子の 事な ,tLO 第二 さし。 o Iff い !• しな ふ 肺 翁 曰。 士ょリ 上 は 財 W もしから す o 養 、ぶ」 は いふに およば f? o 庶人 は肘ミ もしくて。 五 等み な その むく ほ. 鉢充 曰、 庶 人の 孝行 はいか 3-0 師の 曰、 農工 商 いづれ も、 その 所作 をよ くつ- y」 め、 おこたら や、 ざいいに ついや. 財穀 をた くわへ、 む-さどつ かひ 費 さす、 身 もち 心た て よくつ、 しみ、 公儀 をお それて 法度に そむかす、 我 身 妻子の ふ をば 第二 ビ し. 五 等み な そのく らゐ のうちに て、 第一 お S! 愔 に 入て、 も ざの ま 二 年 本 G 位の W にて。 第 一 おも-. 或はい かろ. 師の 曰、 さやう にて 候。 日用の 急務に て 候へば ひ 詳 に 承 度 候 師翁 曰。 偷は 次第な リ G 人間の 次第 差別 o 五つ 有 o U はじめな く 故-. 五敎さ 1K。 人間の 次第 差別。 此 五に 極れ リ G 世間-」 五偷 にもれ たろ 人間 は" なきものな リ。 親 此道 理ヶ しりあ きらめて、 ひに まも り 身 にお こな ふ じゅしゃ せ けん を、 儒者の がくもん ど 云 也。 世間に がくもん する 人 は たくさん なれ V- も、 此 ほんい を さどり 得た る 人 まれな 〇 体充問 曰、 五倫の みち その 名 をば、 うけた ま は b 候へ ザん かう しん はう にち V- も、 く はしき こ VJ は, 9 をば 不存 候。 全 孝の 心 法、 日 用の 急務に て 候へば、 つまびら かに 承 はりた く 候。 師の 曰、 倫 は 次第な り。 にんげんの 次第 差別、 五つ あ る ゆへ に、 五倫 ど なづけたり。 五 りんの みちつ ねに あ てん いふ りて、 はじめな くお はりな きもの なれば、 五 典 V」 云 o 典 はつね VJ よむ 字な り。 五 典 を 人に 敎 化する を、 五敎 ヾ J 云。 五 典の 心のう ちに そな はりた る を、 五常の 性 おや しんか おつ w ど 云。 親 ど 子 ど 一 倫な り。 君 VJ 臣下 VJ 一 りんな bo 夫 つま あに おご. (- ヾ」 妻 V」 一 倫な り。 兄 ど 弟 ビ 一 りんな, 50 ど もた ちの まじ はり 一 りん 也。 これ を 五倫 VJ いふ。 人間の 次第 差 利、 この 五つに き はまれ り。 世間に 五倫に もれた るに SS 問答 上 卷之本 五 75 夫! 、 な S! しゅほん 智 信の。 五常の 性。 備 りて。 一 身 生 化の o 主 本た i 五 紫の 性 惑 通して。 五 典の 道 W なろ。 父子 しん じん くん I ん き は S ぎ の轵は o 仁な リ o 君臣の 義 は0 則 義なリ 夫婦の- y つ ち ちゃ ii. 五佾 は。 親 は 慈に 子 はかう- C あ ひあいけ い しん じん しんか にして、 よく 相愛 敬す る を 親の 道 云 o 君 は 仁に 臣下 ち- フ せつ くんしん かうたい ぎ は 忠節 をつ くして、 君臣よ く交泰 する を義 のみち VJ い おの ご r じゅん ふうふ わが ラ べつ ふ 夫は義 につま は 順にして、 夫婦よ く 和合す る を 別 あに けい て,, き や- フ だい く d の 道 V」 云。 -は悌 にして、 兄弟よ く 和 睦 する を 序の み ち ど いふ。 友 だち のま じ はりだが ひ あ ひ しん に、 いつわりな くた の もしく、 よく 相した しむ を 信の しんぎ べつじよ しん てん にんげん みち VJ 云。 此親義 別 序 信の 五つ を、 五 典 VJ いふ。 人間 じん ざ れいち しん じ やうせ い のこ、 ろに、 仁義 禮智 信の、 五常の 性 そな はりて、 一 しゅほん せいかん つう 身の 主 本た, 5。 この 五常の 性感 通して、 五 典の みち ど ふ し しん じん くんしん ぎ ぎ る。 父子の 親 は 仁な り。 君臣の 義 はすな はち 義 なり。 べつ ち ちゃうよう じょ れい ほ- 3 ゅフ 婦の別 は 智也。 長幼の 序は氣 な, 5。 朋友の 信 はすな しん りん ほか しい り はち 信な り。 五倫 は 外に ある ゆへ に、 至理を しらざる 人 は、 五倫の 遨ど いへば、 皆 ほかに ありて わが 心の中 になき ものな, 5VJ 思へ, 50 あさまし きまよ ひ 也。 天地 しんめい れいく. う ざ- フ くわ ばんぶつ、 みな 神明 靈光 のうちに、 造化す る ものなる 76 や S を ん 十 の ざ 有 J 節 あ レ 人 な 有 し I こ ま 天 か な 痫 【; 始 ほ よめ お 偷ん。 若す こし にても やみ ぬれば、 醫をも VJ め 神に い のり、 身 を もてい はらん をお も ふ。 乳哺 三年の あ ひ 參 だ、 父母の 苦勞 その かす を しらす。 が ひ、 旣に有 室の V」 しにいた かう れい かき ゃラ たて り ぬれば、 伉 儷 を も ビ め 家業 を 立て、 ど みさか へん J を 謀ね が ひ、 その子 才德. ちお そるべき 事な リ o 心の や か- ZJ く みに まよ ひて o 孝德の くらき ぁリ さま. 烏 は 反哺の 報 をお こな ひ、 羊 は 跪 乳のう やま ひ をな せり。 にんげんの 形 をう けた る もの、 恥お そるべき J なり。 心の やみに まよ ひて、 孝 德の くらき ありさ を、 あら. あるひ は 父 かたち 80 そむきて o 荽妾, し。 貧 及べ 恐れな し。 さて 粱子臣 妾な よく 敎 化し か 41. fco そむ さ て 孝行 VJ 云べき にも あらす。 おやの いつくしみ あさ く、 あてが ひ 無道なる に 孝行なる こそ、 まこ どに あり しゅん がた き 孝子 なれ。 大舜 のお こな ひた まふ 孝行に てよ く P パ にん 力う てん は うきょく 体認すべし。 此まょ ひふかき 人 は、 かなら. 天罸を うくる もの 也。 おそれつ、 しむべき こ ど なり。 第一 に は 父母の 心の、 安樂なる やうに するな り。 第二に は 父母の 身 を、 よくう やま ひやしな ふなり。 はも、 やう リ なし。 若义疾 ある. たのみて いさ ぞくく. eft. も そむきお こたら す 、兄弟 一 族 和睦す る やうに すれば、 父母の 目に ふれ 耳に 入 u、 みな 父母の 心に かな ひて、 をの づ から 安樂になる もの 也。 もし また 父母 不義 あらば、 何- y」 なく 父母の 感悟 ぜひり がい. ある 水に いさむべし。 かんごな きどき は、 是非 利害 を いさむ• , あきらかに、 かたりの ベて 諫 べし。 もし 父母 よろこ は べつ いろ すして いかり をな さば、 別して 色 を よろこばしめ- 孝 をお こし 敬 を 起して、 おやの いかりに さから ふべ から す o かくの ど くいく たび もい さめ、 あるひ はお やの あ いくちの、 友 をた のみてい さむべし。 W も o がんぜん ふうき むじ や- フ る 人 は、 眼前 一 たんの 富 貪 ほまれ をのみ、 無上の もの な bvj 思 ひて、 はじめな くお はりな き、 至 德の灵 宝 を ば ゆめにも しらざる ゆへ に、 たう ざの しあ はせ だに よ ほん ければ、 その外 はなに も いらぬ ものな り V- おも ひ、 本 i つ ザ ひ 末 是非 を 云み だして、 無上の たのしみ ある 事 を しらす む げ ようせ- 1 無下に 淺 まし。 さて 子孫に をし ゆるに は、 幼少の どき こん ほん たいけう おいない を 根本 VJ す。 V り に は、 をし へ はなき ものな り ノレ 田? J け- フ け しんじつ へり。 根本 眞實 の敎化 は、 德敎 なり。 くちにて は をし へす して、 我 身 をた て みちをお こな ひて、 人の をの づ から 變化 する を德敎 -y」 いふ。 見 あやか リ閗 もや かるに よりて。 父母め の- W の德? 身に 行 ひて。 八つ 九つに もな リ W ろ 晬は。 生 付 利 根な ろ ものに は。 なりく 孝經の t. 9 げぃ さいとく -. , な 川た みおよ リ。 ノゅ ん ふ こラ はく か うげ なり。 大臣 は 家のお もせ 君の 腹心 なれば、 高位 大祿を あた へ 、 お ほかた の i をば うちまかせて は れいぎ から はせ、 礼儀たい しくう やま ひて、 なさけ ふかく あ るべ し。 -o 勿論な リ o さて 農 ェ商は o 國の たから なれば o 一 入め はれみ o は ご 9 た Q しみ くみて。 天命の 本然。 骨肉の 钗なも。 いひ へだてられて。 天の 定 ミころ にして。 親 のむ すべる 所に 非す o 其上荽 ぼ。 祭祀の たすけ o 子孫 相 絞 の本始 なれば o したしみ 和合すべき 事 勿論な リ しかれ. 0 心 だてに うなむ に0 ものい ひ o 新ふリ o 4. 義は 道理に したが ひて 裁判し、 非道 を えらびす つる 德 なり、 大抵 夫婦の あ ひだ は、 愛 よく ぎ り 欲の わたくしに おぼれ、 義理の さいばん なきに よって、 しんしき やう だい こつにく いひ あるひ は 親子 兄弟 骨肉の したしび を も 云 へ だ てられ、 う• くに らろ をむ すび、 あるひ は 家 を やぶり 國を うしな ふ もの に あ ひだ ふうふ 古來 その かす を しらす。 妻 は 順 正の ニ德を もて、 夫に つか ふる 道ビ す。 理 なろ 故に。 父母 お 3 と せい ミぜ すして 夫の 父母ん、。 此 造理。 天命の 本然。 五 敎の第 111520 夫婦 有 レ別さ o 說給 7。 Q んゃラ だいぐ. 0ほ く くわき が ラでフ ば、 父子 兄弟子 孫臣 妾み な 相 和睦して、 和氣 合同す る めい ほんぜん ゆへ に、 夫婦の みち、 別 を 本 VJ す。 此 道理 天命の 本然 け- フ だい ふうふ あ. 9 べつ でき をの づ から ある ゆへ に、 五敎の 第三に、 夫婦 有レ別 V」 說 洽 へり。 弟 は悌を もて、 兄に つか ふる 道 V. 懷は W 問答 上 卷之本 三 五 95 老ミ SI IS 樹 先生 个 芘 卷之 二十 二 三 六 敬 ひした がふ V」 くな り。 他人の ビ しおい、 くら ゐたか おい きに つか ふる もお なじ U はりな り o 他人 にても 老たる たう ぜん をう やま ふ は 道理の 當然 なり。 恵 は 友愛の ニ義を かねたり。 ,; く ぜん あやまち をい ましめ、 至德を あきらかにする 樣に、 善 をせ むる を 云。 他人の VJ しわ かき、 くら ゐ いやしき に まじ はる もお なじ To はりな.. 00 他人 にても い" yj けなき けい いやしき たう に惠を ほ V- こし、 賤 にな さけ ふかくす る は 道理の 當 ザん ぶんけい れんき 然 なり o まして 弟 はお やの 身 を わけて、 分 形 連 氣の人 ゆ- 7 あい けい もちろん なれば、 友愛の 惠をほ V- こすべき 事 勿論の 義也。 この 道理 あきらかにして、 を こな ひがたき 事なら ね V- も、. U0 情 ふかくす るは0 道理の 當 ? k わ ひ ! 4 ムきゃ• wto 世上の まよ へろ。 は0 多分 兄 第の 問。 行 所な リ o 天の 定耠ふ 次第にて。 か のづ から o あろ 道なる 故 LLO 五 敎の第 四に o 長幼 s とき ars. さま- i-o あ リミぃ へど も。 或は 问鄉 隣家 o 或は 1: 官 同職。 など にて。 さいく 相 交 て。 心 友 面 友 0ミ もに。

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叶わ ない 恋 に おぼれ て も

目 次 叶わない恋だからと辛い恋を嘆いて可哀想な自分に酔うのはやめよう! 叶わない恋をしている時、どう過ごせばいいのか? それは叶わない恋をしていることや、辛い恋をしている自分を嘆いたり、「叶わない恋をしている自分が可哀想……」そんな気持ちになるのはやめましょう。 そんな恋は楽しくありませんよね? 自分本位な考え方しかできない人は、実際に叶わない恋から抜け出せて、好きな人と恋愛関係になれたとしても幸せな恋愛はできないんです。 きれいごとかもですが、叶わない恋と分かっていても、恋した相手とのちょっとしたことに幸せを感じられる方がずっといい恋だと思いませんか? 恋した相手だからこそ、笑顔でいられることを応援する気持ちになれる方が、たとえ叶わない恋だとしても幸せな恋ですよね? ちょっぴり辛いですが……。 恋をすると当たり前ですが、成就する恋ばかりではありません。 でも、一つ一つの恋で自分自身が成長できる恋であれば、たとえ叶わない恋だとしても自分の糧になる恋になるんですよ。 叶わない恋でも恋をしていること、誰かを好きになれたことを喜ぼう! 叶わない恋をしている時、辛い恋をしている自分を憂いていても楽しくありません。 叶わない恋だとしても、誰かを好きになれること、誰かに恋することって幸せなことなんです。 中には、 もう恋ができなくて悩んでいる人もいるんです。 そんな人から見たら叶わない恋だとしても恋していることだけでも羨ましく思われることでしょう。 確かに、誰かの悩みと自分の悩みを比べること自体がナンセンスかもしれません。 今、ホルモンがドバドバ出ているんです! 叶わない恋の相手に気持ちが少しでも自分に向いて欲しい、そう思うのであれば落ち込んでも仕方ありません。 叶わない恋でもいい! 叶わない恋との上手な付き合い方、叶わない恋をしている中にも楽しみを見出す方法についてお話してきました。 辛いだけの叶わない恋、それって恋していても楽しくありませんよね? 恋することは確かに楽しいことばかりではありません。 それは片想いの恋でも両想いの恋でも同じです。 でも、楽しい気持ちがなければ恋していても幸せな気持ちにはなれませんよね? 恋は自分に様々な感情を与えてくれます。 辛いという感情だけの恋では何も得られませんね。 叶わない恋でもいい! 叶わない恋でも自分が楽しめる、自分が成長できる恋にすること、これが叶わない恋との上手な付き合い方なんですね。

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