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駆逐艦主砲の装備ボーナスと運用に関して(12.7cm連装砲C型改二他) | ぜかましねっと艦これ!

駆逐改二

白露型前期艦 公表写真 基本情報 種別 一等 運用者 同型艦 10隻 前級 次級 要目 (計画) 1,685 計画 1,980トン 1934年時計画 2,077. 5トン 2293. 8トン 111. 0 水線長 107. 50m 垂線間長 103. 50m 最大幅 9. 90m 計画 10. 00m 水線幅 9. 90m 深さ 6. 05m 公試平均 3. 50m または1934年時計画3. 622m 満載平均 3. 875m 空気余熱器付 3基 主機 高低圧 2基 推進器 2軸 x 400 直径3. 050m、ピッチ3. 5m内火艇2隻、7mカッター2隻、6m通船1隻 母港保管 その他 計画 二号二型大掃海具1. 5組 一型改一小掃海具2組 または1組 1943年3月 対艦式二型大掃海具1. 5組 または1組 一型小掃海具2組 または1組 掃海立標2、一型掃海機灯2、一型水中処分具2または1、二号爆破鈎改一10または2 白露型駆逐艦(しらつゆかたくちくかん)は、の一等 の艦級である。 の準同型艦ともいえる艦級であった。 なお、のから五番艦のまでは 有明型駆逐艦(ありあけがたくちくかん)に類別されていた時期もあった。 概要 [ ] 当初「」で1,400トン型駆逐艦12隻の建造予定であったが、竣工した初春型一番艦「」、二番艦「」は過大な武装のため重心上昇が判明し、初春型の建造は起工済みの6隻で打ち切られた。 1,400トン型の残り6隻は設計を改めることを決定、更にが発生して設計を一からやり直し 、初春型の改良型として建造されたのが「一等白露型」であった。 計画番号は F45D 初春は F45。 設計は初春型より復元性能を向上させ、性能改善後の初春型より速力を回復させることが主眼とされた。 機関は初春型と同一、船体は全くの別設計とした。 主砲配置は改装後の初春型と同じであるが、魚雷は初春型 改装後 の6門では少ないとされ、海軍初の4連装魚雷発射管を2基装備し8射線を確保した。 船体は電気溶接できるDS鋼の一部を使用し、溶接の使用範囲を広げて軽量化を図った。 またバラストの代わりとして艦底外板を厚くして重心を下げ、同時に船体強度の強化も図った。 建造中に発生したにより本型も船体補強対策が施された。 電気溶接が多用されていたので、に次いで大がかりな工事だったという。 続く「」では同じ1,400トン型駆逐艦14隻を建造する予定だったが、主機などが手配済みだった4隻で本型の建造を中止し、残り10隻はより大型のの建造に着手することとなる。 結局本型はマル1計画、マル2計画合わせて10隻となった。 なお、初春・白露両型は共に規定排水量をオーバーしているが、このことは諸外国には伏せられていた。 戦後、海上自衛隊初の国産護衛艦として設計されたのタイプシップの一つとなった。 艦艇類別等級別表においては、(昭和8年)12月15日、とは初春型から外され、白露、、とともに 有明型駆逐艦として新設された。 (昭和9年)10月13日、さらにと春雨も追加されるが 、夕暮までと白露以降は設計が変更されており船体構造も大きく異なることから、同年11月19日、有明と夕暮は初春型に復され、有明型は白露型と改められた。 白露改型(海風型駆逐艦) [ ] 第二次軍備補充計画 通称「」 で計画された海風以降の4艦は設計が改められ、 白露改型 もしくは 海風型と呼ばれることもある。 海風型駆逐艦は、設計段階までは実際に使用されたものの 、最終的には「白露型駆逐艦」に類別されることになった。 白露型 マル1計画艦6隻 と兵装、性能は同じだが、船体構造などが変更されている。 船体でのの範囲を更に広げて軽量化が図られた。 しかし4隻の起工前後にが起こり、電気溶接範囲の制限や船体強度の検討を再度おこなって設計を新しくし、工事を再開した。 外観の特徴の一つとして艦橋形状が変更された。 これは以降の艦橋の標準型を決めるため、「海風」建造時に羅針艦橋より上の実物大模型を製作して決定 、、の艦橋も似た形状となった。 対空用に採用した40mm単装機銃2挺は、改白露型では13mm連装機銃2基に改めたとされる。 しかし「海風」の公試時の写真には40mmらしい機銃が写っている などはっきりしない。 また25mm連装機銃2基を搭載したとする文献もある。 兵装 [ ] 主砲 [ ] C型2基、同単装B型1基を装備した。 これらは最大仰角55度だった それ以前は75度。 なお白露は単装砲にA型改1を仰角55度に変更したものを搭載した。 また夕立の1番連装砲は写真よりB型改2であることが判明している。 配置は改装後の初春型と同様、船首楼甲板に連装砲1基、艦尾上甲板上に単装1基、連装1基を背中合わせで搭載した。 大戦後半になり機銃増備のため単装砲は撤去された。 機銃 [ ] 25mm連装機銃2基の搭載を計画したが 、上述したとおり竣工時は2挺もしくは13mm連装機銃2基だった。 1942年末に2基と交換、代償重量として予備魚雷2本と格納庫を撤去するよう通達された。 その他に艦橋前に25mm連装機銃1基、主砲1基を撤去し25mm3連装機銃1基を装備してあ号作戦時には合計25mm3連装3基、同連装1基となった(白露の例)。 残存していた時雨と五月雨にはその後さらに単装機銃が装備され、時雨ではそのために搭載艇の一部を降ろしている。 水雷兵装 [ ] 日本海軍の駆逐艦で初めて4連装発射管を装備する。 改装後の初春型の6射線 3連装2基 では命中の公算が低くなるとして用兵側が8射線を要求、3連装発射管と同じ重量の4連装発射管を開発するという約束で 実際には重量オーバー 、4連装2基の搭載が決定した。 当初魚雷は九〇式魚雷 だったが、開戦前に搭載に改造したといわれている。 魚雷本数は昭和18年時点で14本 または12本 となっている。 何時の時点で 予備 魚雷が減らされたかは不明である。 初春型から搭載された次発装填装置も搭載され、そのため後部上構は後部マストと共に右舷に寄せられている。 また発射管への情報伝達はをやめ、が使われるようになった。 爆雷は大戦中に36個に増備したという。 「一般計画要領書」によると計画は九一式爆雷36個 、昭和18年の時点で九五式爆雷18個または10個になっている。 その他 [ ] は以降、前マストにを装備、その後も装備したものと思われる。 「あ号作戦後の兵装増備の状況調査」 によると、時雨、五月雨は昭和19年後半の時点で前マストトップに13号電探を搭載した。 水中探信儀はの時点で装備されているが竣工時からの装備かどうかは不明。 水中聴音機は開戦後の装備のようである。 1934年(昭和9年)3月1日で解隊した4隻からなる先代に続く四代目の第九駆逐隊である。 1938年(昭和13年)12月15日付で佐世保鎮守府のからなる先代第二十七駆逐隊が第三十四駆逐隊に転出し、入れ替わりに佐世保に転籍したため、三代目の第二十七駆逐隊となる。 白露型の竣工が遅れたために編成には1年半もかかったが、白露・時雨の就役に先駆け、改初春型2隻で一水戦に編入されている。 太平洋戦争中は、蘭印攻略・インド洋機動作戦・珊瑚海海戦・ミッドウェー海戦と広範囲で活動し、第二段侵攻作戦のために転籍してや等のに従事した。 1943年(昭和18年)7月、第四水雷戦隊の解隊にともないに編入されるも、夕暮・有明が相次いで戦没したため、最後の1年は白露型 五月雨・ 春雨を含めて白露型4隻の駆逐隊となった。 所属部隊と所属駆逐艦の変遷は以下のとおり。 各艦の戦歴は各艦の項目を参照。 1935年(昭和10年)4月1日:「有明」「夕暮」で編成。 第二艦隊 第二航空戦隊。 1935年(昭和10年)11月15日:第一艦隊第一水雷戦隊。 1936年(昭和11年)11月1日:「白露」「時雨」を加え編成完結。 1935年(昭和11年)12月1日:第一艦隊第一水雷戦隊。 1938年(昭和13年)8月1日:第三艦隊第一水雷戦隊に編入。 1938年(昭和13年)12月15日:佐世保鎮守府に転籍、 第二十七駆逐隊に改称。 佐世保鎮守府予備艦。 1939年(昭和14年)3月25日:第五艦隊第五水雷戦隊。 1939年(昭和14年)11月15日:第一艦隊第一水雷戦隊に編入。 1942年(昭和17年)7月14日:第二艦隊第四水雷戦隊に編入。 1943年(昭和18年)7月16日:夕暮戦没 、10月15日隊から削除。 1943年(昭和18年)7月20日:四水戦解散、第二艦隊に編入。 1943年(昭和18年)7月28日:有明戦没 、10月15日隊から削除。 1943年(昭和18年)10月1日:7月1日に解隊した第二駆逐隊より 五月雨を編入。 1943年(昭和18年)11月30日:予備艦だった 春雨 を編入。 1944年(昭和19年)6月8日:春雨戦没 、8月10日隊から削除。 1944年(昭和19年)6月15日:白露戦没 、8月10日隊から削除。 1944年(昭和19年)8月26日:五月雨戦没 10月10日除籍。 1944年(昭和19年)10月10日:解隊。 時雨は所属不明のまま西村艦隊に配備。 (1944年(昭和19年)11月15日:時雨は第二十一駆逐隊に転出。 以後はの項に譲る。 ) 第二駆逐隊 [ ] 籍の 村雨・ 夕立・ 春雨・ 五月雨で編成。 1935年(昭和10年)4月10日に解隊した4隻からなる先代に続く四代目の第二駆逐隊である。 1937年(昭和12年)1月7日:「村雨」「夕立」で編成。 第一艦隊第一水雷戦隊。 1937年(昭和12年)1月29日:「五月雨」追加。 1937年(昭和12年)8月26日:「春雨」追加。 1937年(昭和12年)12月1日:第一艦隊第一水雷戦隊。 1938年(昭和13年)8月1日:第三艦隊第一水雷戦隊に編入。 1938年(昭和13年)12月15日:第一艦隊第一水雷戦隊に編入。 1940年(昭和15年)11月15日:第二艦隊第四水雷戦隊に編入。 1942年(昭和17年)11月13日:夕立戦没 、12月15日隊から削除。 1943年(昭和18年)3月5日:村雨戦没 、4月1日隊から削除。 1943年(昭和18年)7月1日:解隊。 春雨は損傷修理のため第4予備艦 、五月雨は四水戦附属、つづいて第二水雷戦隊附属。 (1943年(昭和18年)10月1日:五月雨を第二水雷戦隊・第二十七駆逐隊 に編入。 ) (1943年(昭和18年)11月30日:春雨修理完了、第二十七駆逐隊に編入。 以後は上記第二十七駆逐隊の項に譲る。 ) 第二十四駆逐隊 [ ] 籍の 海風・ 山風・ 江風・ 涼風で編成。 1937年(昭和12年)5月31日に解隊した4隻からなる先代に続く二代目の第二十四駆逐隊である。 1937年(昭和12年)5月31日:「海風」「江風」で編成。 1937年(昭和12年)6月30日:「山風」追加。 1937年(昭和12年)8月31日:「涼風」追加。 1937年(昭和12年)7月28日:連合艦隊付属となる。 1937年(昭和12年)10月20日:第二艦隊第二航空戦隊に編入。 1937年(昭和12年)12月1日:第一艦隊第一水雷戦隊に編入。 1938年(昭和13年)8月1日:第三艦隊第一水雷戦隊に編入。 1938年(昭和13年)12月15日:第一艦隊第一水雷戦隊。 1940年(昭和15年)11月15日:第二艦隊第四水雷戦隊に編入。 1942年(昭和17年)6月23日:山風戦没 、8月20日隊より削除。 1942年(昭和17年)7月14日:第二艦隊第二水雷戦隊に編入。 1943年(昭和18年)8月6日:江風戦没 、10月15日隊より削除。 1943年(昭和18年)11月14日:3月3日に解隊したより を編入。 1944年(昭和19年)1月25日:涼風戦没 、3月10日隊より削除。 1944年(昭和19年)2月1日:海風戦没 3月31日除籍。 1944年(昭和19年)3月31日:解隊、同日附で満潮は第四駆逐隊に転出。 以後はの項に譲る。 参考文献 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 秋元実・編 『ガイドブック 日本連合艦隊編』改訂版 静岡模型教材協同組合、2007年10月改訂 4945187990224• 国本康文「「利根」型の搭載機銃」「」編集部『歴史群像太平洋戦史シリーズVol. 47 利根型重巡』、2005年。 『日本駆逐艦史』世界の艦船 2013年1月号増刊 第772集 増刊第107集 、海人社、2012年12月。 『福井静夫著作集第5巻 日本駆逐艦物語』光人社、1993年。 防衛研修所戦史室『海軍軍戦備 昭和十六年十一月まで』第31巻、、1969年。 「丸」編集部編『軍艦メカ4 日本の駆逐艦』(光人社、1991年)• 「駆逐艦 一般計画要領書 附現状調査 昭和十八年七月」。 防衛省防衛研究所• 26 舞鶴要港工作部をして海風以降駆逐艦艦橋の木製実物大模型を制作せしむる件』。 Ref. C05110727200。 1海風型駆逐艦建造用図面調整の件』。 Ref. C05110734800。 Ref. C12070098700。 Ref. C12070164500。 Ref. C12070166900。 Ref. C12070176200。 Ref. C12070178900。 Ref. C12070181100。 Ref. C12070181400。 Ref. C12070181500。 Ref. C12070182000。 Ref. C12070182500。 Ref. C12070196200。 Ref. C12070196900。 『昭和19年8月~9月 秘海軍公報』。 Ref. C12070496100。 Ref. C12070497400。 Ref. C12070497900。 『昭和17年12月1日~昭和18年4月30日 第4水雷戦隊戦時日誌 2 』。 Ref. C08030116100。 Ref. C13071969000。 Ref. C13071974300。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 37上写真と解説。 98、昭和9年11月19日内令第487号• 788-789、附表第2 艦艇要目表 6. 駆逐艦及び水雷艇要目表• Sheet15• 1695、初春の値 機関は同一計画。 27、士官7人、特務士官2人、准士官3人、下士官兵214人。 付表第四その一「昭和十三年三月調艦艇要目等一覧表 その一 軍艦、駆逐艦」• 11、現状欄。 『昭和十八年三月現在ニ於ケル兵器簿ニ依ル』• 108• , p. 52-56「駆逐艦『白露型』に見る構造と性能」 解説・阿部安雄、作図・石橋孝夫 による。 413• 昭和9年10月13日 内令411号。 , p. 昭和9年11月19日 内令487号。 , p. 画像2• 画像1-2• 60,p61下写真• 「一般計画書」によると計画。 『軍艦基本計画資料』によると白露型は25mm連装機銃2基、ただし時期は不明。 また「「利根」型の搭載機銃」によると海風以下の4隻は25mm連装機銃2基を搭載した。 48下写真と解説• 270,280。 工事及所要兵器ノ詳細ニ関シテハ海軍艦政本部長ヲシテ直接所要ノ向ニ通牒セシム。 380、昭和8年12月15日達第149号• 44-47• 367、昭和9年11月19日達第198号• 381、昭和9年11月24日達第201号• 画像18『達第七十號 艦艇製造費ヲ以テ昭和十年度ニ於テ建造ニ着手ノ駆逐艦一隻水雷艇一隻駆潜艇一隻ニ左ノ通命名ス|昭和十年六月二十日 海軍大臣大角岑生|浦賀船渠株式會社ニ於テ建造 駆逐艦 涼風 スズカゼ |三井物産株式會社造船部玉工場ニ於テ建造 水雷艇 雉 キジ |株式會社浅野造船所ニ於テ建造 第三號駆潜艇』。 命名に係る本令達で用いられている漢字は 涼であって 凉ではない。 100、昭和10年内令第122号• 28-31• 57、昭和10年内令第124号• 57、昭和10年内令第458号• 101、昭和11年内令第403号• 105-106、昭和13年内令第1105号• 画像44-45『内令第二千二百八十二號 中略 横須賀鎮守府第四豫備驅逐艦 驅逐艦春雨 右第一豫備驅逐艦ト定ム』• 画像36-37、昭和19年10月5日付内令第1165号 昭和19年10月15日付秘海軍公報第4827号掲載• 画像35-36『内令第一一六二號 駆逐隊編制中左ノ通改定セラル 昭和十九年十月十日海軍大臣|第十九駆逐隊ノ項ヲ削ル|第二十七駆逐隊ノ項ヲ削ル|第三十駆逐隊ノ項中「、夕凪」ヲ削ル|第四十三駆逐隊ノ項中「松、」ヲ削リ「槇」ノ下ニ「、桐」ヲ加フ』• 4-5『内令第一二七一號 駆逐隊編制中左ノ通改定セラル|昭和十九年十一月十五日海軍大臣|第二駆逐隊ノ項中「清霜」ノ下ニ「朝霜」ヲ加フ|第七駆逐隊ノ項中「潮」ノ下ニ「、霞」ヲ加フ|第十八駆逐隊ノ項ヲ削ル|第二十一駆逐隊ノ項中「初春、初霜、若葉」ヲ「初春、初霜、時雨」ニ改ム|第三十一駆逐隊ノ項中「長波、朝霜、岸波、沖波」ヲ「長波、岸波、沖波、濱波」ニ改ム|第三十二駆逐隊ノ項ヲ削ル|第四十一駆逐隊ノ項中「冬月」ノ下ニ「、涼月、若月」ヲ加フ|第四十三駆逐隊ノ項ノニ左ノ一項ヲ加フ 第五十二駆逐隊 桑、檜、桐、杉、樫 第六十一駆逐隊ノ項ヲ削ル』• 103、昭和12年内令第8号• 103、昭和12年内令第47号• 103、昭和12年内令第47号• 画像2-3『内令第二千二百九十號 驅逐隊編成中左ノ通改定セラル 昭和十七年十二月十五日 海軍大臣嶋田繁太郎 第二驅逐隊ノ項中「夕立、」ヲ削ル 以下略 』• 画像26-27『内令第五百七十九號 驅逐隊編成中左ノ通改定セラル 昭和十八年四月一日 海軍大臣嶋田繁太郎 第二驅逐隊ノ項中「村雨、」ヲ削ル 以下略 』• 画像37『内令第千三百十一號 驅逐隊編成中左ノ通改定セラル 昭和十八年七月一日 海軍大臣嶋田繁太郎 第二驅逐隊ノ項ヲ削ル』• 画像38『内令第千三百十三號 中略 横須賀鎮守府豫備驅逐艦 駆逐艦春雨 右第四豫備驅逐艦ト定ム 昭和十八年七月一日 海軍大臣嶋田繁太郎』• 106、昭和12年内令第259号• 106、昭和12年内令第305号• 106、昭和12年内令第559号• 画像48『内令第千五百四十二號 驅逐隊編成中左ノ通改定セラル 昭和十七年八月二十日 海軍大臣嶋田繁太郎 第二十四驅逐隊ノ項中「山風、」ヲ削ル』• 画像38『内令第二千二百四十五號 駆逐隊編制中左ノ通改定セラル 昭和十八年十月三十一日 海軍大臣嶋田繁太郎|第九駆逐隊ノ項中「朝雲、」ヲ削ル|第十駆逐隊ノ項中「風雲」ノ下ニ「、朝雲」ヲ加フ|第二十四駆逐隊ノ項中「涼風」ノ下ニ「、満潮」ヲ加フ|第六十一駆逐隊ノ項中「若月」ノ下ニ「、秋月」ヲ加フ』• 画像21『内令第四百十八號 驅逐隊編成中左ノ通改定セラル 昭和十九年三月十日 海軍大臣嶋田繁太郎 第七驅逐隊ノ項中「、漣」ヲ削ル 第二十四驅逐隊ノ項中「涼風、」ヲ削ル』• 画像41-42、昭和19年3月31日付内令第513号•

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【艦これ】甲型駆逐艦に改二実装か

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改二勢&海外艦とのケッコン 先日とケッコンしまして、現行で改二が実装されている駆逐艦と、海外駆逐艦の全員とケッコンを果たしました(ただし、我が鎮守府にはがいないのですが)。 実際にLv100を超える駆逐艦を運用してみて、もちろん大発駆逐の燃費削減なども地味に効果はありますが、やはり 一番メリットに感じたのは対潜能力の向上です。 我が鎮守府では駆逐艦のキラ付けは7-1を中心に行っており、先制対潜ができるのは遠征部隊の必須条件となっています。 このあたりは運用法をよく考えないといけないですね。 主力駆逐艦の概観 我が鎮守府の現状だと、対潜値の目安としては下記のような感じです。 57 …… 装備が限られるけど対潜先制が可能• 70 …… いちおう三点セットで先制対潜が可能• 75 …… 三点セットで先制対潜可能• 85 …… 1スロ対潜として、いちおう成立• とくに荒潮、満潮あたりの遠征の主力となる艦で、三点セット&対潜先制を目指したいのですが、ちょっと遠いかな……? 海防艦を投入しての対潜改修も活用していきたいところです。

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風雲改二 (かざぐもかいに)とは【ピクシブ百科事典】

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同メンテに伴うアップデートでは、現在鋭意実装準備中のある【特II型駆逐艦の改二改装】を実装予定です。 そして、艦これのカレンダーでも「敷波」に関しては改二への服装になっていたという所を見ると、 おそらく『敷波』の可能性が高い、と言った感じですかね? 敷波は前回のイベントのバタビアで活躍が期待できた艦娘の1人。 『前回のイベントを乗り越えたことによって改二へ改装できるようになった!』 みたいなストーリーかな?と勝手ながら想像していたりしますw (イベント前の実装だと、それはそれで燃えるっ・・・!) 4人の練度状況 ということで、4人の練度状況です。 (2人は遠征中) 綾波型の改二ですが、現在は 「綾波:Lv. 60」の2人が改二という状態。 (戦闘詳報などのアイテム消費はありません) 駆逐艦の改二状況を全体で考えると、 ・コンバート改装ありで「霞改二乙」の 『Lv. 88』 ・コンバートなしアイテムありだと「海風改二」の 『Lv. 77』。 と言った感じですかね。 最近は駆逐艦の改二に必要なLVが高くなってきているので予想が難しくなっていますが、 綾波型だけで考えると「Lv. 72」ぐらいは最低でも用意しておいた方がいいかも? (+2なのは、たまに運営さんがやる事もある「ずらし」対策です。 ) そして、私自身は慢心したくない気持ちでいっぱいなので、敷波を『Lv. 90』まで上げておこうかな?と計画中。 海風の時は・・・冷や汗が出ましたね。。 がちょっとだけ足りなかった。 (なお、演習や海風改二が必要としない出撃任務消化などのおかげでギリギリ間に合う模様) ーー さぁ、とりあえずは節分の豆集め。 あとは資源集めとレベリングを頑張っていきます!.

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